世界に降る雪
影迷彩
──
ヒルデは吹雪が荒れる夜の景色を、銀色の清潔な屋敷の中から眺めていた。
ハァッと溜め息をついてみせ、テーブルに頬杖をついている。テーブルの上には、配達の予定表だけが敷かれていた。
ブゥーーーッとサイレンのようなチャイムが鳴った。ヒルデは階段を降り、一階の玄関のモニターをつけた。
「こんばんはルード、お疲れ様」
マイクを通してヒルデは先に声をかけた。
「ありがとう、姫。お届け物です」
防寒スーツを身に纏い、フルフェイスのバイザーを着けた男性が、運転してきたトレーラーからコンテナを幾らか降ろす。
「今日は一人? いつもの配達部隊は?」
「あぁ、先月の帰路で全滅した」
ワイヤーで繋がれたコンテナを一斉に降ろし、ルードはそれを厳重に封鎖されていたシャッターの中に引っ張って運び込む。
「……そう」
ヒルデは先ほどよりも重い溜め息をつく。
「気に病むな、アンタのせいじゃない。アンタに物資を運ぶことが、俺らの使命だ」
ルードは一人がかりでコンテナを運び、イヤホンを通じてヒルデと話す。
「俺ら、ね。顔馴染みがもう貴方しかいないわ」
「顔馴染み? 俺はアンタの顔を見たことないぜ」
ルードは顔を上げた。コンテナを積み重ねたような、物々しい外見の屋敷に彼はいつも突き放されたような疎外感を覚えていた。
「フフッ、私はいつもカメラで貴方を見てるわ、ルード」
ヒルデはクスッと笑った。笑ったことなど、ルード達が来た先月以来だった。
「ずりぃな、お前だけ俺を見てるなんて」
ルードはヒルデに悪態をついた。その声の調子は、嬉しげな様子であった。
「こんな吹雪だけの世界になって、人なんて派遣される隊員しか見たことがねぇ……アンタとは古い付き合いだが、一生お前の顔を見ることはないか?」
「……そうね、ないかも知れないわ」
ヒルデは寂しげに、そして無意識に儚い希望を織り交ぜて彼に返答した。
「湿っぽくなったな、らしくない。人類存続の希望をかけた屋敷の主が、そんな不確かな返事するんじゃないぜ」
ルードは全てのコンテナを運び終え、屋敷を去る前に一度振り向いた。
「じゃ、よろしくな、お屋敷のヒルデ様」
「そうね、また来月、挨拶しましょう」
トレーラーが吹雪の中に消えていくのを、ヒルデはいつまでもモニター越しに見送り続けた。
──「いるか、ヒルデ?」
「えぇ、いるわ!」
ヒルデは混乱と絶望の表情でマイクを持っていた。
モニターには、ほぼ全壊となったトレーラーが、そしてそこから降りたルードの傷ついた姿が写されていた。
「今中に入れるから! たぶん扉があるはず!」
「ねぇよ、ンなもんあったら、とっくに侵入試みてるわ」
「コンテナがあるじゃない! そこにへばりついてでも行けば」
「なぁヒルデ、吹雪も怪物もいない世界で、俺はアンタと話せてたか?」
ルードは傷口を片手で抑えながらイヤホンを通してヒルデに語りかける。
「俺は世界がこうなる前から、運び屋業をしていた。お客は一期一会、話し合う暇も間柄も生まれない、男一人の職業だった」
ルードの声が掠れていく。
「こんな寂しい世界になったが……ヒルデ、お前の声を聞くだけで救われた。俺が生きる意味が、この場所で固くなった」
ルードの声は録音されていた。ヒルデは必死に扉を探しながら、出口のない施設を駆け続けた。
世界に降る雪 影迷彩 @kagenin0013
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