第3話 七月
夏が近づき、麦が大きな粒を黄金色に輝かせるようになりました。農家の人達は額に汗を光らせながら、収穫の喜びに白い歯を見せています。
その頃王城では、うららかな昼下がり、眩しい日差しの差し込むテラスで、いつものように王様が髪を切っておりました。床屋が白いケープをばさりと払うと、今しがた切ったばかりの王様の髪が、小麦の穂に負けないくらいきらきらと輝きました。
床屋はにこりと微笑むと、銀の鋏を仕舞いながら、ひとつの提案をいたしました。
「王様、そろそろうなじの辺りを整えましょうか?」
「うなじ?」
問い返すと床屋は、静かにゆったり頷きました。
「はい。少し、うぶ毛を剃るのです。暑くなって参りましたし、お首が目立つお召し物も増えるでしょう。この辺りで、一度綺麗になさってはいかがかと」
その言葉に王様は少し考えてから、ふむ、と小さく頷きました。
「そうだな。では、頼もうか」
「かしこまりましてございます」
床屋はうやうやしく一礼すると、今しがた整えたばかりの王様の髪を、襟足からすくい上げました。そうして手早くピンで留めると、小さな器を取り出して、何やらしゃかしゃか泡立てました。
「失礼いたします」
言うが早いか首筋にひやりと濡れた感触がして、王様はびくっと首をすくめると、耳をぴんと立てました。途端に背後で小さな笑い声が洩れて、王様の耳がかあっと熱くなりました。
最初こそ少しどきどきしたものの、襟足の剃毛はとても気持ちの良いものでした。そりそりと滑っていく剃刀の感触に、王様はすっかりとろんとした心地になっていました。
「……しかし王様、よろしいのですか?」
「何がだ?」
ふいの質問に尋ね返すと、剃刀を握る床屋の手がぴたりと止まりました。
「私のような者に、安易に刃を握らせて首を預けるなど。何かあってからでは遅いでしょうに」
「お前はそんな事はしないよ」
低く掠れた床屋の声を、王様はぴしゃりと打ち消しました。
「これでも、僕は一国の王だ。幼い頃より様々な――そう、様々な目に遭っている。敵意があるかどうかくらい、相手を見ればすぐにわかる」
ざざ、と海が波立つように、青い梢が揺れました。
「それくらい、わかる。お前の指は、優しい」
王様の視線の先では、ぴかぴかの靴のつま先が揺れていました。けれど王様のすみれの瞳は、つま先ではなく、どこか別のものを見つめて、穏やかに細められていました。
床屋は澄んだその眼を見開いてその場に立ち竦んでいましたが、やがて淡く微笑むと、丁寧に剃刀を握りなおしました。
「王様、おひげは剃らなくてよろしいのでしょうか?」
「僕はまだ生えて無いからな」
「左様でございますか。そう言えばお声もボーイソプラノで」
「変声期もまだだからな……お前、子供だと思って馬鹿にしてるのか?」
途端に床屋は大きな声で、力強くそれを否定しました。
「滅相もございません、王様! ただ、声変わりしていないなら下の毛も無く、ツルツル可愛
「大臣。打ち首だ」
「御意」
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