王様の耳は萌えるロバの耳

高将にぐん

第1話 五月

 今より遠いどこかの時代。ある国に、若き王様がおりました。

 歳はまだ十五になったばかり、あどけなさを残した丸い頬はやわらかく薔薇の色をしており、大きな瞳は淡いすみれ色。クリームを浮かべたショコラのような、軽やかなはしばみ色の髪はいつもさらさらと美しく整えられています。


 ただひとつ、王様が人と違ったのはその耳が――ロバの耳を、していたのです。


◆◆◆


 小さな体に不釣合いの大きな大きな玉座の上に、王様はおりました。愛くるしいお顔に似つかわしくないしかめ面をして、むっつりと片肘を突いています。その横には、しゃんと背筋を伸ばした大臣が。先王の代より仕えるこの老紳士は、王様が心を許すたった一人の存在です。


 静まり返った謁見の間に、扉の軋む音が響き、王様のお顔の横で長い耳がぴくりと揺れました。大きな両開きの扉の向こうから、両脇を兵士に固められた一人の人物が歩いてきます。初夏のまぶしい光が、深い紅色の絨毯の上に、彼の長い影を描いています。長身の男性は臆する様子もなくまっすぐ、ゆっくり進み出ると、玉座の手前で粛々と膝を折り、頭を垂れました。


 王様は肘掛に頬杖をついたまま、訝しげな視線を目の前の男に投げかけました。兵士のようにがっしりもしていなければ、農民のようにどっしりもしていない、すらりとした印象の男です。俯いたままの顔は伺えませんが、さらりと美しい藍墨色の髪は、なるほど髪結いを生業としているだけある、と王様はひそかに納得しました。


「床屋よ。おもてを上げよ」


 凛とした、けれどまだ高く可愛らしい王様の声に、男はゆっくりとその顔を上げました。瞬間、王様の心臓が高くどきりと跳ねました。


 艶やかな髪と同じ色の、きりりと整った細い眉。

 黒濡れ羽のような睫毛に縁取られた、涼やかな眼。

 すっと通った鼻と、引き締められた薄い唇。

 神経質な印象を与えがちな細いあごも、この男の場合は繊細そうに映るだけです。


 透き通ったアイスブルーの瞳に見据えられ、何故だか小さな王様は、ふさふさとした耳の先っぽが熱くなるのを感じました。


 玉座の傍らで白いおひげの大臣がコホンと小さく咳をして、王様ははっと我に返ると、できるだけ仰々しい声を作って述べました。


「床屋。僕の言いたいことはもう、わかっておるだろうな?」


 そう言って王様は、王冠から伸びる長くすべすべした耳を、ぴくん!と一回震わせました。


「宮廷の髪結い職人として召し抱えるにあたり、この耳の秘密を洩らしたら貴様の命は無い。わかっておるな?」

「はっ、もちろんでございます、王様」


 床屋の青年はその姿だけでなく、声までも澄んでおりました。低く心地よいその響きを確かめるように、王様は煌びやかな錫杖を床屋に向けると、今一度彼を問い詰めました。


「前の床屋も口ではそう言いながら、三日と持たなかった。貴様も、本当は言いたくて言いたくてうずうずしとるのだろう」

「滅相もございません、王様! 敬愛する王様の秘密を他言するなど!」

「……床屋……」


 真摯な瞳に射抜かれて、王様の心臓がとくんと響きました。頬が温かく、やわらかくほころんでいくのが自分でもわかります。床屋は王様をまっすぐ見つめ、尚もきっぱり言い切りました。


「こんな萌えポイント、他の奴に教えたりしたらもったいな

「大臣。打ち首だ」

「御意」

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