メモリイーター奴隷たちの再登場に乞うご期待

ちびまるフォイ

奴隷の回し車

「なあ、ここから出られたら何する?」


「わからないよ。生まれてからずっとこの牢獄の中だろ。

 外の世界があることも最近知ったんだし」


「こんな生活もなにか目標がないとやってられないじゃん」


「そうだなぁ……外の世界に出れたら、この場所での生活を日記に書こうかな」


「ははは。なにそれ」


奴隷が押し込められている監獄では心を壊すか、体を壊すかの2択しかなかった。

そんなこの世の終わりのような場所でも友達ができたことは救いだった。


ある日のこと、監獄へ高そうな靴の足音が近づいてきた。


「この奴隷をもらおう」


別室へと連れて行かれると金持ちの男は話し始めた。


「実は私は食コロシアムの参加者でね。

 君にはそこの選手として出てもらいたいんだよ」


「なんで俺が……?」


「過去の記憶はあるかな?」


「奴隷に記憶なんてないでしょう。

 辛い記憶なんて忘れたいですし、覚えるほど劇的でもない」


「よろしい。おい、連れて行け」


「ちょっ……せめてわかるように説明してくれよ!」


目隠しをされてコロシアムの控室へとそのまま連れて行かれた。

控室でも会場の熱気や実況の声が届いてくる。


《さあ、次の対戦相手は誰だーー!》


実況の急かす声が聞こえる。


「行け。お前の番だ」


「言っておくけどコロシアムに出られるほど腕っぷしは強くない!

 それに食コロシアム?って言ってたが、大食らいでもないぞ!?」


「もしもお前がこの大会で優勝できたなら、奴隷から解放してやる」


「本当か!? 覚えておくからな! すっとぼけたら許さない!」


十分な説明もされていないことにさっきまで腹を立てていたが、

奴隷から解放されるとあれば話は別。


お腹が裂けても絶対に勝ってやる。


コロシアムの門をくぐり、対戦相手とともに席につく。


《それでは試合開始!!》


試合開始の合図とともに試合会場に人間の頭が大量に運び込まれる。

水平に切られた頭からは紫の煙が漏れ出していた。


「人間の頭を食えっていうのか!?」


一瞬、ゲテモノかと気圧された。

対戦相手は人間の頭の煙を吸い込んでいる。食べるわけではないのか。


《ブルルコビッチ選手はすでに人間の記憶を3人分ほど食べきった!

 一方で、ジョン選手は1人も手を付けてない!!》


実況は自分が劣勢であることを叫ぶ。

あわてて自分も同じように紫の煙を吸い込むと、自分の頭にその人の記憶が流れてきた。


奴隷生活しかしてこなかった自分にとっては、

外の世界で生きて外の世界で死んだ人の記憶はなによりもごちそうだった。


《あーーっと! ジョン選手すごい勢いだ!! 大逆転! 大逆転です!!》


外の世界を知りたいという好奇心が記憶喰らいを止められなかった。

試合終了のドラが鳴らされる頃には、対戦相手に2倍以上の差をつけていた。


控室に戻ると金持ちは非常に機嫌そうに拍手を送った。


「素晴らしい食べっぷりだった。君を買って本当によかった」


「奴隷の俺を雇った理由がなんとなくわかった気がします。

 こんなにも記憶に」


「ふふ、2回戦も期待しているよ。それにもう君は奴隷じゃない。

 試合に勝ち続ける限り君を自由にしてあげよう」


「えっ……!」


「選手のコンディション管理ができたほうが都合がいいんだよ」


試合が終わるまでの生活先に指示されたホテルは落ち着かなくなるほど高級だった。

さんざん試合で記憶を食べ尽くしたものの、どの記憶にもここまで豪華な生活はなかった。


「記憶を食べてなかったら、それもわからなかったんだろうな……」


次の2回戦も、準決勝も怒涛の記憶のくらいっぷりで対戦相手を圧勝。

ついに決勝へと進出したときには自由が目と鼻の先まで迫っていた。


「次は決勝だ。もしこれに勝って優勝したら、君は奴隷から自由になれる」


「自由……!」


記憶を得ていくことで高まっていく自由への渇望。

それはまるで観光写真をたくさん見せられて旅行に行きたくなるようなものだった。


「次も絶対に勝ちます」

「期待しているよ」


ここまで来たからには絶対に負けられない。

できることはすべてやっておこうと、決勝戦の相手を調べに向かった。


対戦を終えてコロシアムから出てきた相手を見たとき、

どんなに自分の中で記憶が増えても忘れられない顔だった。


「ナナシか? ナナシだよな!? 覚えてるか!?

 ジョンだよ! 奴隷監獄で一緒だったジョンだ!」


「覚えてるに決まってるだろジョン。ずっと待っていた」


「ああ、ナナシもコロシアムの食闘士として買われてたんだな」


友人との再開に心を踊らせていたが、決勝戦の相手だということを思い出して言葉が詰まった。


「お前も……優勝したら自由にされるって約束されてるのか?」


「うん。でもどっちも自由になれる方法がある」


「え?」


「試合で食った記憶の中に、コロシアム関係者の記憶があったんだ。

 僕に協力してくれれば試合中にコロシアムから逃げることができる。

 コロシアムの中には備え付けのある器材があるんだ」


「器材?」


「全部は話せない。計画のことも秘密だ」

「どうして!」


「計画をうまくいくためにはわずかなミスも防ぎたいんだ。

 全容を話したことでバレてしまったら全部終わり。

 だけど、この計画だけは本当だ。信じれくるよな、ジョン」


「あ、ああ……」


ナナシとの当日の打ち合わせを必要な部分だけ限定的に行った。

控室まで行ったら当日はコロシアムにはいかずにそのまま脱走するてはず。


「僕たちはけして戦わない。争わずに自由を二人で手に入れるんだ」


ナナシとはそう言っていた。

豪華なホテルに戻ってからはナナシの言葉ばかりが頭に浮かんだ。


「信じて……いいのかな……」


もしも、ナナシが計画なんて嘘っぱちだったら。

真に受けた自分はコロシアムに向かわないことでナナシは不戦勝。


バカを見たと笑われ、雇い主には捕まって奴隷送り。


それに試合を通してさんざん記憶を蓄積してしまったので、

また最初のようなハングリー精神で圧倒することもできないだろう。

ふたたび自由へのチャンスは訪れない。


「どうすればいいんだ……本当に信じていいのか……」


決勝戦当日になってもまだ迷い続けていた。

信じて試合を抜けるかどうか。


《さぁ、決勝戦の開始です!!》


合図のドラが鳴らされた。

控室を出ると、俺は逃げ出さずにコロシアムへと向かった。


「ガチで戦ったら負けるからって騙そうとしたんだろうがそうはいかないぞ!」


コロシアムの門をくぐって観客の視線の中にとびこんだ。



《おや? 対戦相手のナナシ選手がいません! このままでは不戦勝です!!》



「まさか……本当だったのか……!?」


制限時間いっぱいになってもナナシはコロシアムへ来なかった。

きっと、約束どおりに俺の控室へ迎えに来てしまったのだろう。


《不戦勝です! 優勝はジョン選手ーー!!》


優勝を勝ち取って控室に戻ると、雇い主の金持ちが拍手で迎えた。


「よくぞ優勝してくれた、君のおかげだよありがとう」


「決勝戦の相手のこと、なにか聞いてますか?」


「試合中に脱走をしようとしていたようだったみたいだ。

 君の控室にいたところを捕まったようだよ」


聞かなければよかったと思った。

知らなければ。記憶になければ後悔することもなかっただろうに。


「あの、それで約束は? 自由にしてくれるはずですよね」


「もちろんだよ。君たちのような人のために会場には部屋が用意されているんだ」


案内されてコロシアムの地下へと向かっていく。

友情と約束をふみにじってでも優勝を勝ち取ったんだ。

せめて自由だけは守りたいと思った。


「この部屋だよ。入ってくれ」


地下の一室にあるドアを開けた。

部屋にはナナシが床に倒れている。


「ナナシ!? ナナシ、大丈夫か!?」


ゆすり起こすとナナシはどこかぼーっとしていた。


「……だれ?」


「ジョンだよ。ごめんな……俺、お前のことを信じてやれなくって……」


「……?」


ナナシの反応は薄くぽかんとしたままだった。

その違和感に顔を上げたとき、すでに眉間には器材の口が突きつけられていた。


「君にはふとつウソを付いていたのを謝るよ。

 ひとつ。決勝のそいつは控室で捕まったんじゃなくて、

 この地下室の器材を手に入れようとして捕まったんだ」


「なんでそんな……」


「これを撃った相手がどうなるかわかっていたんだろうな。

 まったく、ひとりでよかったよ。見張りがいたら奪われていたかもしれない」


「俺を殺すのか……!?」


「そんなことしない。人殺しは奴隷であっても重罪。

 それに、私はまた君のハングリー精神あふれるあの試合が見たいんだよ」


金持ちは迷いなく引き金を引いた。

頭の中央に衝撃をうけて体がそりかえった。


「あっ……!」


痛みはない。


頭の中から自分の記憶が分解されて消えていくのがわかった。

なにもかも忘れていく渦の中で涙が流れた。



※ ※ ※



「なぁ、ジョンはここから出たらどうしたい?」


「さあ。考えたこともない。ナナシは?」


「ここでの生活を忘れないように日記でも書こうかな」


いつからここにいるのかもわからない。

自分の記憶はすべて監獄にはじまって今に至る。

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