第20話 決着
その光景は早苗だけでなく観覧席にいた里美とアリスにも驚きを与えた。
「アリス先生、鏡月があいつの攻撃を全て受けてるはずなのに攻撃が全部通り抜けていってるんですけどどうなってるんですか?」
里美はアリスを見る。
「私にもわからないわ。ただ言えるのは加速世界が西野鏡月と言う存在を認めたと言う事しかわからない」
アリスは信じられない光景を見ているかのように鏡月を見ながら答える。
「加速世界が認めたってどうゆう意味ですか?」
「簡単に言うと、加速世界と言う存在いや力が西野鏡月を主として認めたのよ。そして認めたと言っても加速世界が力を与えているわけではないの。西野鏡月と言う人間の思いや意志と言った物に呼応してそれを具現化しているのよ」
里美は試合会場にいる鏡月を見る。
「思い出した! あの日、テロリストの人質になった私を救ってくれた鏡月も今日と同じように加速していた。つまり鏡月は誰かの為に動いた時しか加速世界の本来の力を使えないけど、誰かの為に動く鏡月は強いんだ」
里美の言葉にアリスが反応する。
「つまり、西野君は中学生の時から加速世界を使えたってこと……。加速世界の主な媒体となる人の思い、意志、感情と言った物は生半可な量じゃない。あの小さな背中にはきっと目には見えない沢山の物があるのね……」
アリスは我が子の成長を見守るように鏡月を見ていた。
そして、昔愛した誰かと再会した時のような目をしていた。
少なくとも隣にいた里美にはそう見えた。
「いけ! 私のヒーロー」
里美はもうすぐ終わるであろう戦いを見ながら鏡月を暖かな目で見る。
鏡月は戦闘機からの同時攻撃を全て最小限の動きで躱していた。今までとは違い思考が更に加速して自身の動きが限界まで加速した鏡月にとってはこの程度の攻撃では歩みを止める理由にはならなかった。
「これが俺の本気の加速だ!」
先ほどまでゆっくりと歩いていた鏡月が叫びながら徐々に動きを速めていく。そして目にも止まらぬ速さで早苗の前まで移動する。そのまま鏡月は右拳に力を入れて全力の一撃を早苗にぶつける。早苗が目の前に鏡月が来たことを認識する頃には身体が宙に浮いており、気づけば試合会場に展開された結解に思いっきり叩きつけられていた。結解とぶつかった衝撃で口から血を吐きそのまま頭から地面に倒れる。
「やっと終わ……」
鏡月が安堵すると全身の力が抜けそのまま前のめりで倒れる。
両者が倒れ、会場が静寂なムードに包まれる。
しばらくすると両者が戦闘不能と判断され、空中に「試合結果 引き分け」と大きな文字が出現する。
そして、待機していた救護班が重症の二人を特別治癒室に連れて行く。
里美は椅子に座り直して深呼吸をする。
「アリス先生この場合試合結果ってどうなるんですか? 確か学園規則によると引き分けの場合は再戦になるとか書いていたはずですが」
「わからないわ」
「アリス先生でもわからないんですか?」
「えぇ。後は本人達の話し合い次第よ。双方が引き分けでいいと言えば引き分けだし、決着をつけると言えば再戦と言う事になるわ。だから今はわからないの」
アリスは里美に能力学園の規則を説明する。
学年三位である里美はこの試合結果次第ではもしかしたら次席になる可能性を考える。しかし里美としては順位が全てではないと今日のヒーローが教えてくれたので自身の順位に関して言えばどうでも良かった。それよりも主席と次席の順位が一週間もしない内に変わるかもしれないと言う事実の方が重要だった。
「なるほど。確かに学年主席がランキングを持たない人間に引き分けしたとなると次席と順位が変わる可能性だってありますもんね。そうなると主席と次席は直接戦わずに順位が入れ替わる事になりますよね?」
「そうね。ランキング持ち、ましてや主席がランキングを持たない下位能力者に引き分けたとなるとそれだけでかなりの減点になるものね。もしかしたら三位ぐらいまでなら転落するかもしれないわ。そうなると野口さんが次席になるわね」
アリスが里美に冗談っぽく可能性の話しをする。
「はい。でも私は順位より大切な事を鏡月から学びました。だから鏡月が納得できる形で全てが終わればいいと思っています。だってあんなになるまで頑張ったんですから」
里美は先ほどまで鏡月が倒れていた試合会場に目を向けて微笑む。
「ふふっ。ならそんな野口さんに一ついい事を教えてあげましょうか?」
「いい事ですか?」
「うん。知りたい?」
アリスはいつの間にか手に持っていたタバコケースからタバコを取り出して火を付ける。
「はい」
「もしかしたらの話しだけど、能力学園始まって以来の下位能力者がランキング持ちになるかもしれないわよ」
「え? どうゆう事ですか?」
里美はアリスの言葉に驚いてしまう。
ランキングとは学年ランキングと学園ランキングの二つに分けられる。学年ランキングは各学年数百名ずついる中の上位百名に与えられ、学園ランキングは学園全体で数千人にもなる中の上位百名に与えられる。つまり学年ランキングと学園ランキングはある程度連動しておりランキング持ちと言うだけでも凄いと言う評価が世間からされる。そんな世間体が良くなるランキングは戦闘向きの能力を使える上位能力者もしくは特異能力が創立以来ずっと独占していた。そこに下位能力者が入る可能性があるとアリスは言った。下位能力者が学年ランキングに入れば後日行われる校内学園ランキング戦に出場する事が出来る。そこでもし勝てば学園ランキングが与えられる事になる。アリスの言葉からそのチャンスを今日鏡月が掴める可能性があると言う事になる。
「まだわからないの? 三位の野口さんを含め誰も勝てなかった相手に西野鏡月は引き分けたのよ。つまり今西野鏡月は学年主席と同格の力を持っているとここにいる皆が思っていても不思議じゃないわ。次席は西野君と戦ってないけど、単純に考えると暫定順位は藤原早苗と西野鏡月が同率一位。流石に能力学園の規則上いきなりそんな事にはならないけどね」
「鏡月が暫定一位……」
「えぇ。そもそも上位能力者や特異能力者が下位能力者に負ける事はないと思って作られたルールを全て西野君が壊しちゃったから今から大きな規則改定もしくは特別処置がされるはずよ。理論上はね」
「理論上?」
「えぇ。西野君がランキングに興味がないと言えば今日の試合は履歴から消されるわ。そもそも試合結果はランキングを反映させるための物なの。だから、試合結果もまだ確定ではないのよ」
里美が急に笑い出す。
「あはははははは」
突然笑い出す里美にアリスが驚く。
「急にどうしたの?」
「何でもないです。ただ……」
「ただ?」
「多分鏡月ならあいつの事を考えて試合結果を抹消して欲しいとか言う気がして。だって鏡月はそんな物の為に最初から戦っていないと思いますから」
里美の言葉を聞いてアリスも笑う。
「ふふっ。それもそうね。なら西野君の所に行きましょうか?」
「え?」
「実は今保健の先生が出張中でいないのよ。それで先日は西野君が病院送りにされたじゃない? だから今日の試合が始まる前に西野君と早苗に関しては私が面倒を見るって学園に伝えているの。建前上私の補佐役って事で野口さんも私と一緒に来ない?」
「いいんですか?」
「大好きな彼に早く会いたいんでしょ?」
急に里美の顔がリンゴみたいに赤くなる。
「大好きじゃ……ないです」
「そうなの?」
「はい」
「なら早苗にも治癒能力を使うから、私がいなくなったら西野君と早苗が密室で二人きりになるわね」
アリスはわざとらしく呟いて、タバコの火を消して立ち上がり鏡月と早苗がいる学園特別治癒室に向かう。
「アリス先生!」
アリスが歩き出すとすぐに後ろから声がする。
「やっぱり私も行きます!」
「なら一緒に来なさい」
アリスが微笑みながら言う。
それからアリスと里美は学園特別治癒室に向かって歩き出した。
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