第19話 加速世界
鏡月は着地と同時に早苗に向かって全力で走る。
「え?」
早苗が何層にも壁のように展開していた炎の壁を鏡月がその隙間を縫うように突破していく。
「どうした。学年一位の実力はこんなものか?」
最後の炎の壁をあっさりと突破した鏡月は早苗の周囲にある炎の壁の隙間から次々と攻撃をする。早苗が剣や自身の腕を使い鏡月のパンチや蹴りを防ぐ。燃え盛る炎が単独で鏡月を攻撃するが炎が鏡月の身体に触れる前に鏡月が縦横無尽に動く為、完全に置いてけぼり状態になる。
「この目で数値化出来ないだけでなく、ハッキリと見えないってどんだけ速いのよ。一体何が起きてるの?」
早苗が呟く。
「もう少しだけ待ってろ。俺がお前を孤独から救ってやる」
加速世界を早くも自分の物にした鏡月にとって早苗の動きは全てがスローモーションに見えた。鏡月は自身の能力で思考が加速しており、それと並行して自身の動きも速くなっており、試合開始前とはまるで別人になっていた。
同時に鏡月はある事に気づいていた。このまま加速世界を使い続ければいずれ頭の処理能力がパンクして思考加速とは比較にならない程のインターバルが必要になる事に。もし加速世界が限界を迎えたらこの深手を負った身体がもう動かないであろうと。
加速世界を使っていく中で加速世界は今まで思考加速では必要としなかったら演算処理能力領域を無理やり解放して使っており、敵の攻撃や戦闘に必要な情報が多ければ多いほど脳に負荷が掛かる事がわかった。
勝負を急ぎたい気持ちが鏡月を急かすが加速した脳がここは慌てずに落ち着いて攻めろと警告をしてきた。今の身体ではいくら動きが加速していると言っても全ての攻撃を完璧には躱せない事と一撃でも攻撃がかすれば我慢していた痛覚が悲鳴を上げて加速世界が途切れてしまうと加速世界自身がまるで意志を持っておりそれを鏡月に訴えてくる感じがした。
「それだけの能力を手にしておきながら冷静に状況を分析するのね。その力にも先ほどの力同様にデメリットがあるのかしら?」
「さぁな?」
「流石に教えてはくれないわよね。なら貴方に私の全てを見せてあげる」
早苗がそう言うと周囲にあった燃え盛る炎が里美を護る事を止めて、燃え盛る炎が戦闘機の形に形状変化する。
「この燃え盛る戦闘機は貴方を目掛けて自動追尾して攻撃するわ。その一撃は先ほどの炎の槍の倍以上の攻撃力を持つ。つまり四機の戦闘機と私の攻撃全てを対処しなければ貴方に勝ち目はないわ」
ジェットエンジンでも積んでいるのかと思う程に空中を高速移動する戦闘機を見て鏡月はいよいよ試合もラストスパートに入ったと確信する。
剣先を鏡月に向け足を広げ構える里美には隙がなかった。
「お前と戦っていて気づいたよ。お前戦闘中俺に対して警戒している時や敬意を払っている時は敬語を使う、そして何かを期待している時はタメ口になる。つまりお前は今俺に期待しているわけだ。この状況を俺が何とかしてお前を孤独から救ってくれる事に。違うか?」
「だとしたら何だって言うの?」
「この世にはどんな時でも希望がある事を今からお前に教えてやる。だから、俺を信じて全力で来い!」
鏡月は早苗に向かって叫んだ。
そして鏡月も右拳に力を入れて構える。
両者が構え時間が経過する。
観覧席にいた生徒達が息を飲み静かに見守る刹那両者が一斉に動く。迷いが消えた早苗の動きは加速世界を使っていた鏡月でも気を抜けば致命傷を負う一振りをしてくる。更に早苗が連続で攻撃してくる。鏡月は早苗の剣と戦闘機からの追尾攻撃を全て躱しながら早苗に攻撃をしていく。
「ふふっ。まさか私の攻撃を全て躱すとはね。まだ行くわよ」
隙を見て反撃する鏡月を見て、早苗がここで初めて笑う。
「来いよ。お前の全てを俺にぶつけて来い」
「えぇ。私の全てを受け入れて、私を超えて見せて。そして私を救ってみせて。私は貴方なら信じられるかもしれない」
早苗は初めて自身の全てをぶつけても受け入れてくれて、何度潰されても立ち上がり、手を差し伸べてくる鏡月に嬉しそうに自身の気持ちを伝えてきた。
全ての攻撃を躱すため、バク転しながらも空中で態勢を強引に変え、空中で重心移動をしながら蹴りを叩き込んでくる変則的な鏡月の型に早苗の目が徐々に慣れていく。そして体力的にも肉体的にも限界寸前の鏡月の手数が徐々に減っていく。
一見互角にも見える試合は徐々に早苗のペースになっていく。
「まずいわね。西野君のオリジナルで変則的な動き全てが早苗に対処され初めているわ。このままではいずれ西野君の攻撃は全て早苗に防がれる」
アリスが静かにボソッと呟く。
「それでも鏡月なら何とかしてくれます」
「そうね。今は信じるしかないわね」
「はい」
里美は試合結果がどうであれ鏡月を責めないと決めた。
こんなにも誰かの為に無償で頑張る鏡月に里美は恋をした。
だから、自分が好きになった人を最後まで信じる事にした。
鏡月は早苗の動きと戦闘機からの追尾攻撃を全て見切っておりギリギリで全てを躱していた。しかし攻撃の手数が違いすぎる為に後一歩の所で攻め切れずにいた。
「はぁ、はぁ、このままじゃ」
鏡月にここで焦りが見えだす。
「どうやらその力も限界みたいね」
「何を勘違いしてる?」
「え?」
「とっくの昔に限界何て超えてるに決まってんだろ!」
鏡月は渾身の右回し蹴りを早苗に全力で入れる。早苗の身体が後方に転がる。そのまま距離が出来たので少し休みたかったが鏡月はすぐに距離を詰める為に走りだす。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
雄たけびを上げ戦闘機からの追尾攻撃を全て躱しながら鏡月が早苗に近づく。
早苗がすぐに立ち上がり走ってくる鏡月を見て剣を構える。
「相変わらず速いけど、もう目が慣れたわ」
鏡月はそのまま走ってジャンプして早苗の元まで飛んでいく。
そのまま拳を構えて殴りかかる。
早苗は剣で鏡月の一撃を受け止める。
「詰めが甘いわよ」
早苗が手首を回転させ剣の向きを変えて鏡月に全力で峰内を入れる。空中で攻撃を受けた鏡月はそのまま後方に転がる。そして、今まで意識しないようにしていた痛みが鏡月を襲う。一瞬で全身に襲ってきた激痛に加速世界が途切れそうになるが何とか我慢して耐える。
「これじゃダメだ。もっと早く加速しないと」
鏡月はボロボロになりながら立ち上がる。
「もういいわ。貴方は十分によく頑張ったわ。だからもう棄権して」
早苗が鏡月に訴える。
「それじゃダメなんだよ。お前の過去が原因で今も一人で苦しんでいるならその過去を気にしなくて済むような奴が隣にいてあげないとお前が救われない。かりそめの救済何て誰も望んじゃいねぇ。だったらお前がどんな時でも誰かと笑って過ごせる環境を作ってやるしかねぇじゃねぇか」
鏡月は今の一撃を受けて加速世界が長くは持たない事を認識する。
このままでは勝ち目がないと思った鏡月は目を閉じ深呼吸をする。
そして、強く願った。
――この身体が壊れてもいい。だから早苗が反応出来ない速さが欲しい
――加速が希望なら。希望を掴む為に加速しろ
――俺の身体頼む、限界を超えたその先に希望はある。希望の灯はまだ消えてない
加速世界が意志を持ち鏡月の想いに呼応するように進化する。鏡月の背中に目に見えない羽が生えたかのように身体が急に軽くなる。そして今も必死に我慢していた全身を襲う激痛がなくなる。これは脳が痛覚から伝わってくる信号を一時的に遮断したのだと不思議とすぐにわかった。
「おい、最強?」
「なっなに?」
「目に見えないけど大切なものって知っているか?」
雰囲気が変わった事を感じ取った早苗が剣を構え警戒する。
「さぁ?」
「お前の場合は人からの愛情や温もり、そして誰かとの繋がりだよ」
「そう。それが今どうしたって言うのよ!」
「いくぞ。これがこの試合における俺の最後の加速だ。そして試合が終わったら里美にしっかりと謝って友達になってこい。お前が里美にちょっかいをかけた理由はお前が里美に希望を見たからなんだろう?」
「なぜ? それを……」
里美が動揺する。
「里美ならお前を過去の因果から救ってくれると思ったんだろう。ならそれは間違いじゃねぇ。今回は勝てなかった。ただそれだけだ。これから先はどうなるか誰にも分からねぇ。俺にもお前にもな……」
「何で貴方がそれを知っているの? 誰にも話してないのに……」
「さぁな。でも思考を限界まで加速させた今なら不思議とわかるんだ。お前の今までの行動と言葉からお前が何を思ってこのオリエンテーションマッチングで暴れていたのかがわかる。そして今も里美にあんな目に合わせた事を後悔している。いいや高橋や他の人を傷つけた事も後悔しているんだろう。ならそれでいい。この試合が終わったらお前は新しい人生を歩むんだ。もし不安なら俺が一緒に歩いてやる。里美にも一緒に謝りに行ってやるよ。だからこの一撃に俺の全てを懸ける」
鏡月は里美をしっかりと見る。
今までとは違い、一歩一歩ゆっくりと里美に近づいていく。
鏡月の一歩一歩はまるで強者だけが持つ事を許される目に見えない独特な圧を放つ。
早苗は警戒して後方に大きくジャンプして距離を置く。
空中で待機していた戦闘機が鏡月に攻撃する。しかし、ゆっくりと歩く鏡月に攻撃する戦闘機の攻撃は全て地面と衝突して音と煙を上げ消えていく。
「そんな!」
確実に攻撃は当たっているはずなのにまるで鏡月の蜃気楼を攻撃しているかのように攻撃の全てが鏡月をすり抜けていく。
「ありえない。何がどうなってるの?」
早苗は死神の目を使い鏡月を見ていたが、瀕死の状態から立ち上がった鏡月に数値化出来るものは何一つ増えていなかった。あるのは鏡月の身体のみ。つまり新たな能力は使用していない事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます