第11話 思考加速と加速世界


 病室に戻り鏡月と里美がお話しをしていると、鏡月と里美のクラス担任を務めるアリスがお見舞いに来てくれた。


「失礼するわね」


「はい」


 里美が気を利かせて出ていこうとすると、


「別にそのままでいいわよ」


 と、アリスがニコニコして言ってくる。


 鏡月と里美の担任の先生である江口アリスは金髪の長い髪に日本人とアメリカ人のハーフでありながら日本人と同じような容姿をしている。本人はハーフと言っているがそうは見えない。それでいて身長百四十センチで小柄で小さいながら能力学園においては治癒能力のスペシャリストでもある。もっと言えば慎ましかな胸の為かロリコンの性癖を持つ人間に大人気と言う噂もある。


「まさか早苗といきなりドンパチするとは思わなかったわ。それにしても西野君の傷を見る限りあの早苗を少しだけ本気にさせたみたいだけど何かあったの?」


「いえ。特には……」


 鏡月は苦笑いをする。近くで見ていた里美が「何が、特にはよ。この嘘つき」と鏡月だけに聞こえるように小さい声で言ってきた。


「そう。先に言っておくけど今年の主席と次席は特異能力者の中でもかなり稀なタイプよ。今後何もしなくても強くなっていくようなね。だからこれは担任の先生としての警告よ。今の西野君では何度やっても勝てないわ」


「どうしてですか?」


「まぁいいわ。その様子だと野口さんも薄々気づいてるみたいだし。二度目の加速世界は早苗には通用しないからよ」


「え?」


 鏡月は二つの事に驚いてしまう。一つ目は加速世界が二度目は通用しない事。二つ目はアリスが加速世界について知っている事。


「私が試合を見る限り西野君の力は持って十秒って所。なら答えは簡単。特異能力者も上位能力者レベルで応用は流石に無理でも普通に能力を使う事が出来る。なら十秒攻撃を防げる盾を作ればそれで対策可能って事よ。後私が加速世界について知っているのは、実は試合を見ていたのと早苗からも話しを聞いたからよ」


「アリス先生に一つ聞いてもいいですか?」


 ここで里美がアリスに質問をする。

 アリスはニコニコしたまま今度は里美の方を見る。


「いいわよ。どうしたの?」


「何でアリス先生が鏡月の病室に来て、今後起こるであろう二人の戦いに対する警告みたいなことをしているのですか?」


 鏡月は確かに言われてみれば早苗から話しを聞いたにしても知り過ぎていると思った。


「早苗が私の所に治癒をしてくれって言ってきたの。最初は病院を進めたんだけど、どうしても早急にって言ってきたのよ。だから私が治癒をしてあげる変わりに事情を聞いたのよ。西野君の攻撃を受けた所が痣になってたわ。その痣を見て早苗が言ったの。初めて負けるかもって思いましたってね。つまり西野君は早苗に認められたのよ。強者として」


「それとアリス先生がここに来る理由は結局どう繋がるんですか?」


「私のクラスの生徒が簡単に負けたら嫌じゃない。それに勝負はフェアじゃないとつまらないでしょ?」


 アリスの言葉を聞いてアリスがここに来た理由がわかった。


「もしかしてその確認をする為だけにわざわざここに?」


 鏡月の言葉にアリスが頷く。


「そうよ。西野君にもう一度早苗と戦う覚悟はある?」


「はい。俺はあいつを救わないといけません。だから逃げるつもりはありません」


 鏡月の返事にアリスはニコニコする。


「なら目を閉じて少しジッとしてて」


「はい」


 アリスに言われた通りに鏡月は目を閉じてその場で静止する。すると、急に身体が軽くなった気分になる。そのまま先ほどまで感じていた身体の違和感や痛みが全てなくなっていく。


「もう目を開けていいわよ」


 鏡月が目を開けると先ほどまでの身体とは違い傷跡が全てなくなり痛みが消えていた。鏡月は近くにいた里美と目を合わせて驚く。


「何をしたんですか?」


「一言で言えば回復よ」


「回復にしては凄すぎる気がしなくもないですが?」


「西野君は勘がいいわね。そうこれは回復と言っても治癒に近いわ。私の能力は相手の身体に様々な能力を付与出来るの。今回はそれを利用して西野君の体細胞に直接回復を促し本来の数十倍のスピードで回復させたわ」


「「凄い」」


 鏡月と里美はあまりの驚きに声を合わせて感心する。


「だけど、人の細胞再生回数は決まっているのと高速治癒は細胞に負荷を掛ける事になるから多用は禁物なの。でも西野君みたいに若い子なら一年に数回程度なら問題ないから安心していいわよ」


 アリスの言葉に鏡月は何て反応していいかわからなくなった。高速治癒は扱える能力者が限られており、この街でも数人しかいないと言われている。そんな貴重な能力をまさか自分達のクラス担任であるアリスが使えた事に未だに信じられなかった。


「さて、これで身体の面ではフェアになったわね。後は西野君次第ね」


「はい。アリス先生に教えて欲しい事があるんですが今お時間いいですか?」


 鏡月はもしかしたらアリスなら早苗に対する対抗手段を知っているかもしれないと思った。仮に知っていても教えてくれるかは分からないが現状どうしていいかわからなかったので聞いてみる事にする。


「死神の目……いや死神の能力に対抗する手段ってありますか?」


「はっきり言って一般的な能力勝負で一騎打ちとなると難しいわね。西野君も知っての通り特異能力者の能力は基本的に常識であって常識じゃない能力が殆どなの。それに対抗するとなると野口さんみたいに能力を進化させるしかないわ」


「やっぱりそうなりますよね……」


 落ち込む鏡月に対して里美が手を握り安心させようとしてくれる。


「鏡月……大丈夫?」


「あぁ」


「ふふっ。二人共私を誰だと思っているの。貴方達の担任よ。流石に確実に勝てる方法はないけど勝てる希望ぐらいなら提示出来るけどどうする?」


 その言葉に鏡月と里美が、


「「え?」」


 と、声を揃えて反応する。


「里美さんに質問するわ。単純に考えてね。能力を進化させる為に必要な事は?」


「えっと……能力使用とは別の演算処理領域と自身の能力の把握です」


「そうね。なら今の西野君の加速世界は本当に加速しているとはっきりと言える?」


 突然の質問に里美が鏡月とアリスを交互に見ながら戸惑う。

 鏡月もアリスの言いたい事がよくわからないのでここは黙って聞くことにする。


「してると思います。周囲から見たら能力発動中は鏡月自身の動きが速くなっているように見えるので」


「確かに野口さんの言う通り。だけどそれはあくまで思考が加速した西野君とこの世の時間軸にズレが生じないように世界が周りにそう見せているだけ。本当の意味では加速してないのよ。言うならば思考加速をしているだけなの」


「思考加速ですか……」


「そう。西野君本当に心当たりないかしら? 思考加速は人間の処理速度を超えた領域に踏み込んで発動しているのにも関わらず脳の回路が焼き切れる予兆すらない事とかね?」


 アリスは全てを知っているかのように確信犯のような顔をして鏡月を見てきた。鏡月はアリスの言葉を聞いて昨日里美も似たような事を言っていた事を思い出す。里美も鏡月と同じ事を思ったのか、鏡月を見て頷く。


「つまり俺の能力はまだ完成していないって事ですか?」


「そうよ。つまり能力の進化以前に西野君は自身の能力すらまだ把握が出来ていないの。だから演算処理能力にも余裕があるのよ。本来能力は使える人間にしか扱えない。もっと言えば使えない人間には能力がないって事よ。能力の進化や覚醒においては又別の話しだけどね。それに加速世界はそもそも能力じゃないわ。それについては今度機会があれば話すわ」


「加速世界は能力じゃない……」


 能力は生まれつき持っている者もいれば成長していく中で身につける者もいる。鏡月の場合は生まれつき能力を持っていた。もしも鏡月が成長していく中で加速世界を習得していれば今の話しをすんなりと受け入れる事が出来たかもしれない。だけど鏡月は生まれつき持っていた為、小さい頃から自分の能力だと思っていたものを違うと言われても簡単に納得は出来なかった。しかし、今必要な事は加速世界が何なのかを知る事ではなくて、加速世界を使ってどうやって早苗に勝つかである。


「大事な事を話すからよく聞いておきなさい。思考加速はあくまで世界が時間軸を調整する為だけに周りに早くなったように見せているだけに過ぎない。つまりカメラ等の機器で西野君を見た場合いつも通り動いているようにしか見えないの。だけど思考加速の先にある加速世界なら思考だけでなく西野君自身の動きも速くなるわ。とりあえずの目標地点はここね。後は自分で考えなさい。この先はアドバイスどうこうでなる問題じゃないの。西野君自身でしか道は開けないわ。明日の試合応援に行くから頑張ってね。ならまたね~」


 アリスは一方的に話し満足顔で鏡月の病室を出ていく。

 そしてそのまま病室を出たかと思いきや慌てて顔だけを病室の扉から出して、


「あ! すっかり言い忘れていたけど退院手続き終わらせてるから早く荷物片づけて家に帰りなさいね」


 と、言って去っていった。

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