第9話 心配だから……


 鏡月が目を覚ますと蛍光灯に照らされた白い天井が目に入って来た。首を動かし周囲を見ると、里美がパイプ椅子に座り鏡月の寝ているベッドに顔を埋めていた。


「ここは?」


 鏡月は何故自分がこのような状況になっているかを思い出そうとすると頭に痛みを覚える。そのまま頭を抑えながら何があったのかを思い出す。


「そうか……俺負けたんだ」


 月明かりと白い蛍光灯が照らす病室で鏡月は早苗に負けた事を思い出す。途中からガムシャラに戦っていた為所々の記憶が曖昧だったが、沢山の包帯で巻かれた自分の身体を見て試合中何が合ったのかはすぐに見当がついた。


「頑張った結果がこれか……」


 白い天井を見上げながら鏡月は呟いた。

 すると、ベッドの隅に顔を伏せていた里美が目を覚ます。


「良かったぁ。起きたんだ」


 目に涙を浮かべて微笑みながら里美が声を掛けてくる。その表情から鏡月は里美が心配してずっと看病をしてくれていたのだと判断する。自分が弱かったせいでこんな事になったのだと思った。


「あぁ。心配かけてごめん」


 申し訳なさそうに言う鏡月に対して里美は微笑む。


「ううん。本当に生きててくれてよかった」


「え?」


 里美の一言に鏡月が驚く。


「そっかぁ。覚えてないんだ」


「うん。一体何が?」


「大量出血でさっきまで意識不明の重体だったの」


 その言葉を聞いた瞬間、鏡月の胸の中にある何かが痛くなった。


「そっかぁ。色々と心配かけて悪かった。側にいてくれてありがとう」


「うん」


 いつもなら無茶をしたことに怒ってくる里美が今日は優しかったので鏡月はそれだけ危ない状況だったのだと思った。

 鏡月が病室の窓から見える夜景を見ると、里美が心配そうに声を掛けてくる。


「しばらく、大人しくしてるよね?」


「そうだな」


「なら私毎日お見舞い来るから、絶対に病院を出たらダメだよ?」


「あぁ」


 鏡月は里美を見て微笑む。


「でもそれは全てが終わったらの話しだ。俺はまだ学年一位に勝ってないし、あいつをまだ救ってない」


 その言葉に里美が戸惑う。


「え? どうゆう意味?」


「あいつ最後に言ったんだ。「明後日のオリエンテーションマッチングが終わるまでなら待ちます」って、だから俺の戦いはまだ終わってないんだ。あいつも昔の俺や里美と同じで苦しんでいた。そして叶うならと怯えながらも俺に救済するチャンスをくれた。なら俺のやるべき事はもう決まってる」


 鏡月は包帯が巻かれた両手を見ながら自分を鼓舞し、自分自身に言い聞かせるように言葉を呟く。

 そんな身勝手な鏡月に里美がパイプ椅子から勢いよく立ち上がる。


「いい加減にして。その怪我で戦えば次は死ぬかもしれないのよ! 鏡月は人の心配をする前に自分の心配をして。私がどれだけ鏡月の事を心配したと思っているのよ。あんたみたいなバカを好きになる女の子だっているの! だから少しはその女の子の気持ちも考えてよ!」


 里美の声が病室に響いた。

 そんな里美を見て今度は鏡月が口を開く。


「そんな子が居たらいいけど俺みたいなバカを好きになる女の子なんていないと思うけどな。もし居たとしてもその女の子はこんなバカな俺を好きになってくれるんだと思う。もしそんな女の子がいるならその子の為にも俺はまだ戦わないといけない気がする。だからもう少しだけ俺に誰かを救う時間をくれないか?」


 里美がため息を吐く。


「そうよね。確かに鏡月の言う通りそんな鏡月を好きになるんだと思う」


「あぁ。ところでその女の子って誰?」


 鏡月の質問に里美が目を細める。


「ん? 知ってどうするの?」


「仲良くなりたいなって思った」


「つまりあわよくば付き合いたいなとかイチャイチャしたいなって事?」


「そうじゃないけど、愛情が欲しい……」


「変態ッ!!!」


 鏡月の言葉を里美の言葉が途中で遮る。


「何よ! 人が心配してあげてるのに鏡月に対する好意を利用して自分を好きな女の子をたぶらかそうとして」


「たまには女の子に甘えたい時があるんだよ」


「それイチャイチャする事しか考えてないじゃない。それに今は私が隣にいるのによくそんな事が言えるわね」


「里美みたいにすぐに手が出る女の子じゃなくて、優しくて……」


 鏡月は機嫌を悪くする里美を見て本音を自重し正論を言う。


「可愛い女の子に甘えたいのは男として当然の事なんだ。だから許して下さい」


「つまり私は可愛いくないと?」


 完全に機嫌を損ねた里美に鏡月はどうしていいか分からなくなる。女心はやはり難しいと鏡月は思ったがここは頑張ってご機嫌取りをする。


「そうゆう意味じゃなくてだな……てか本当にそう思ってるのか?」


「どうゆう意味よ?」


「今日の高橋君の件と言い、中学時代の時と言い、里美は周りの男子から可愛いと評判だったじゃないか。少なくとも俺も里美は可愛いと思う。何でこんな平凡な俺の隣にいつも隣にいてくれるのかが不思議なくらいだよ」


「だって私いなくなったら学園で友達いなくならない?」


 里美の言葉に鏡月は胸をえぐられる。鏡月と仲が良かった友達は全員別の学園に入学している。殆どが平凡かそれ以下の人間である鏡月は、世間的に有名な学園には入学できるだけの能力も学力もなかった。本来であれば里美や早苗のような優等生が世間的に平凡な能力学園にいる事すら疑問である。世間的には校内ランキングをあげる為にワザと自身の能力と学力よりレベルが低い所に進学する生徒もいるので特に気にする事ではないが鏡月としては里美が何故高校でも同じ学園なのだろうと思っていた。他の学園でも里美なら間違いなく上位に入れるしランキング持ちになれるからだ。


「………………はぁ」


 精神的に大ダメージを受けた鏡月がため息を吐く。


「あっ…ごめん。言い過ぎた」


「……うん」


 急に沈黙する病室で二人が気まずい空気になる。


「それであいつに対抗する手段はあるの?」


「それがないで困ってる。ただ今日の試合でわかった事として俺の加速世界に限っては学年一位でも対抗出来ない事がわかった」


 鏡月は試合中もしかしたら加速世界の時間軸すら死神の目によって切られると思っていたが、今日の試合を見る限りでは出来ないと思った。つまり鏡月の加速世界が起こす、二つの時間軸において鏡月本人と対戦相手が見る世界は体感的には違えど同一の時間として存在していた事になる。だから死神の目を持つ早苗でも対抗が出来なかったと考えていた。


「つまりあいつでも鏡月の加速世界には対抗出来ないって事?」


「あぁ」


「相変わらずよく分からないだけでなくでたらめな能力ね。全ての万物や能力を数値化して見る死神の目ですら見えないとなるとそもそもそれは本当に能力なのかって疑問しか出てこないけどね」


 里美が難しい顔をして鏡月に問いかけるように話し出す。

 鏡月自身もよく分かっていないので首を傾げる事しか出来なかった。


「そう言えば、何で里美は風の能力者なのに雷を当たり前に使えるんだ?」


 鏡月は先日見た早苗との試合を見てずっと疑問に思っていた事を聞く。能力者が複数の能力を使う事は基本的に出来ないと言うのが中学生までの常識だった。


「あれは、風を応用して空気を一つの実態がある物として空気中にある目には見えない物や空気と空気を擦って半ば強制的に電気を生み出しているのよ。そして出来た電荷を利用して放電させてるわけ。これがランキング持ちの能力者が強い本当の理由。簡単に言えば世間の常識を自分の能力を強引に使うことでぶち壊しているだけ。代償として演算処理能力にかなりの負荷をかける事になるから多用はあまりしないけどね」


「演算処理能力?」


「例えば脳が処理出来る数を百とするわよ。それで私が風を操るのに必要な処理を三十とする。この時点で残り七十しか頭が処理出来ない事は分かる?」


 里美はバカな鏡月の為に、本人が話しを理解出来ているか確認を取りながら説明を進めていく。


「うん」


「それで雷を発生させるのに同じく三十として、そこから発生させた雷を操るのに三十としたら残りは十になる。要は能力から別の能力や力を引き起こしたり発生させて戦闘で使うにはかなり難しいのよ。頭がパンクしないように風を操作しながら、雷を作って操る。口で言うのは簡単だけど実際にするのはとても難しい。ましてやそこに雷の出力等の計算も実際にはしないといけないし」


「なら上位能力者と特異能力者が強い理由はそうゆう事?」


「うん。上位能力者は自分の能力から新たな能力を強引に作れる。特異能力者は圧倒的なチート級の能力を皆最初から持っているからね。つまり演算処理能力が低い中級能力者や下位能力者がランキング持ちになれない一つの理由でもあるわ。逆に演算処理能力が足りていないのに上位能力者の真似をすると脳の回路が焼き切れて二度と能力を使えなくなる可能性があるの」


 鏡月は里美の丁寧な解説兼説明に納得する。言われてみれば能力学園の一桁ランキング持ちは特異能力者と里美のような上位能力者で構成されていた。それ以外は鏡月がまだ見ていないので何とも言えないがこれがその答えだと自覚する。


 ならば人の処理能力を超える加速世界とは一体何なのだろうかと言う疑問が鏡月の頭の中に出来た。


 もしこのまま加速世界を使い続けたら鏡月の脳にある回路が焼き切れてしまうのではと不安になっていると里美が微笑んでくれる。


「心配しなくても鏡月は大丈夫よ。加速世界は人の処理能力を確かに超えた力。でも何十回、何百回って使ってもまだ使えるって事は理屈や原理とかは分からないけど大丈夫だって事だから。本来であれば本当に無理をしていたら数回で能力が使えなくなるか何かしらの影響が身体に出るの。でもそれがないって事は大丈夫って事だから安心していいと思う」


 鏡月の手を握りながら里美が言ってくれた言葉に安心する。里美の手は暖かく、不安になった鏡月の手を通して里美の温もりが身体全体を優しく包み込んでくれる。


「今日はゆっくり休んだ方がいいと思う。試合の事は明日私も一緒になって考えてあげるから今日は寝た方がいいと思う」


 里美はそのまま鏡月の手を握りながら、空いている手で鏡月の身体をベッドに寝かせる。


「ありがとう」


「うん」


「里美が側にいてくれて良かった。お休み」


 鏡月は微笑みながら里美に感謝の言葉を言ってそのまま眠りにつく。突然の事に里美は顔を赤くして、鏡月の寝顔を見てニヤニヤする。そして、繋いだ手を今度は両手で優しく包み込む。


「お休み。心配になるから一人であんまり抱え込まないでね。鏡月は私にとっての唯一のヒーローだから」


 里美は静かになった病室で一人呟き、窓から見える夜景を見た。

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