能力学園に入学して早々にやらかした者は学年一位に喧嘩を売ってしまう ―人はその者を加速する者つまり加速者と呼ぶ―

光影

第1話 プロローグ


 ――『能力』について


 一つ、それは限られた者にしか使えない不思議な力


 一つ、能力を使える一部の者には通り名や呼び名と呼ばれる名が付けられる。


 一つ、能力は基本的に目に見える力の事を指し示す。


 能力と呼ばれる力を持つ者を人は能力者と呼ぶ。

 能力者は三段階の階級が存在する。


 基礎的な能力を持つ下位能力者、様々な事に応用可能な能力を持つ中級能力者、周囲に影響を与える力を持つ上級能力者の三つに分けられる。

 それとは別に特殊な力を持つ特異能力者もいる。特異能力者の力は科学が発展した今でも未知数であり一般的な能力者のような階級はなく、一括りに特異能力者と呼ばれている。


 この時代において能力者達は自身の強さを求め日々励んでいた。中学校卒業までは能力者は他人に対しての能力使用を国が禁止している。それは、心身共に未発達である子供達が他者と比較してイジメや差別、犯罪に使ってしまわないようにする為である。


 能力学園に本日入学した生徒達は本日その規制が外れ、己の力を周囲と比較したり競い合う事が認められた。

 西野鏡月は中学時代からの友達である野口里美と能力学園主催の一年生入学オリエンテーションマッチングの光景を観覧席から眺めている。

 入学オリエンテーションマッチングとは能力学園に入学した生徒が入学式終わりからの月曜日~金曜日の五日間で行われ、参加者は入学した新一年生だけに限られるが、腕に自信がある者、自分の能力者が何処まで他者に通用するかを試したい者、個人の意志がそこにあれば自由参加である。逆に出ないで今後の為に相手の手の内を見るだけでもいい。


 鏡月は黒髪短髪、後は全て平凡と取り分け目立つ所がない悲しい少年である。

 もっと言えば運動神経はいいが、頭が悪く、下位能力者。

 里美は茶髪ロング、美しく整った顔立ちに女性らしいスタイルをしている。出る所は出て、引っ込むの所は引っ込んでいて、鏡月とは対照的に里美は上位能力者で男子に人気がありと対照的な二人。


「今年の首席になった藤原早苗の能力は圧倒的ね」


「正に天才だな」


「そうね。でもあれは流石にチートよ」


 里美が早苗の試合を見てチートと言ったのには理由があった。先程から早苗と戦った相手の武器や盾、能力での攻撃全てが躱されるか、能力で作られた剣によって粉々に切られていた。早苗は特異能力者であり、通称「死神」と呼ばれていた。早苗の能力は目で見た物を数値化して〇にする事が出来る。又、能力発動中は万物に対して本来ではありえない大ダメージを与えると噂されていた。その為、彼女の前では全てが瞬時に死を迎えると言われていた。


「特異能力者って基本何でもありだよな」


「そうね。鏡・月・も・だけどね!」


 試合を眺めている鏡月にワザと嫌味のように言ってきた里美に対して鏡月は苦笑いをする。


「あはは……」


 能力は基本的に早苗なら能力使用中は目の色が変わると特異能力者だろうが能力者だろうが絶対に外見に変化が現れる。例えば火を手から出すとかもそうだ。水を操る、風を操るも全て人の目に見える、もしくは周囲の環境に影響を及ぼす事から機会での観測が可能になる。それを利用した機会測定と実技試験をして能力者は各階級に分けられる。しかし鏡月には外見の変化や周囲に影響を与える能力は小学校で習う基礎的な能力しかなかった。いやそれ以外にも実は一つだけあったのだが、それが世間に評価される事はなかった。


 鏡月は自身の身に危険が迫ると思考が加速し頭の処理能力が格段に向上する。不要な情報は全て遮断されその時に必要な情報だけを頭が処理するからだ。その為、鏡月の目には世界がスローモーションで動いているように見える。この状態なら銃弾だって簡単に避けられる。身体能力は一切向上しないが、銃弾がとても遅く動いているように見えるようになるとこれが鏡月の本当の能力。


「主席も凄いけど鏡月の『加速世界』とどっちが強いんだろう」


 鏡月の能力には名前がないので、この力を知っている者は「加速世界」と呼んでいる。思考が加速する能力で「加速能力」と最初は皆呼んでいたが中学時代に里美の提案により「加速世界」へと改名された。


「それは俺にボコボコにされて来いと?」


 里美はニコニコしながら隣にいる鏡月を見て言う。


「違う。十秒で倒して来いって意味」


「あの女相手にそれは無理だろ……」


 鏡月は真顔で即答する。


 加速世界は人間の処理速度を超えた領域に踏み込む事で発動する。発動条件は自身の身に危険が迫る事で発動できるがそれは鏡月の意志に関係なく自動発動でありながら十秒しか使えない。また一回使うと数分のインターバルが必要な為、連続して加速世界を使う事が出来ない。インターバルの時間も能力発動時の脳の負荷によって変わってくると何とも曖昧な力だった。


「でも接近戦なら鏡月も得意でしょ?」


「それは……そうだけど……実力差以前に俺の間合いだとあの女の間合いでもあるし圧倒的に分が悪いから普通に考えて無理だろ」


「そっかぁ」


 里美は何処か納得していないように見えたが今も試合をしている早苗に視線を向ける。鏡月もとりあえず会話が終わったと判断して里美と同じく試合を見ることにした。この一週間に限り新一年生は入学オリエンテーションマッチングしか授業がない為ほとんどの生徒が試合会場に来ていた。


 今度は鏡月から里美に質問をする。


「ところで里美は試合しないのか?」


「どっちでもいいかなって感じ」


「ならせっかくだしして来たら?」


「うぅ~ん~~~」


 鏡月の言葉に里美が悩む。


「なら鏡月と試合しようかな?」


 その発言に鏡月は言葉を失う。


 里美は能力学園において大変優秀で新一年生校内ランキング第三位になっている。各学年の上位百名にはランキングが与えられる。つまり下位能力者の鏡月と上位能力者である里美の実力差は天と地ほどある。


「………………」


「急に黙って……どうしたの?」


「いや……俺何か気が障る事言ったかなって」


「言ってないけど?」


「なら……良かった」


 鏡月は胸に手を当て安堵のため息を吐く。

 その様子を隣で見ていた里美が首を傾げる。

 校内学年ランキングは校内の模擬戦の成績と本番の試合結果が大きく影響してくる。

 ため息を吐く鏡月に対して里美が口を開く。


「試合そんなに嫌なの?」


「俺は下位能力者だから試合してもどうせ勝てないからな」


「ふぅ~ん。下位能力者ねぇ~」


 鏡月の言葉に里美は疑っている素振りを見せる。

 その証拠に里美は目を細めて鏡月の目を見てきた。


「なっ何?」


「別に。ただ鏡月の十秒と私達の十秒は違う。確かに時間軸は一緒だけど体感的には全然違うから本当に?って思っただけ」


「どうゆう意味?」


「要は追い込んだはずの人間に逆に自分が倒されるかもしれない十秒とその十秒で勝負を決めないといけない人間の十秒は感じ方が違うって意味」


 考え方が違えば捉えた方や感じ方が違う。

 例えば急いでいる時の十秒とのんびりしている時の十秒は時間軸が同じでも体感的には全然違う。鏡月はつまりはそうゆう事を里美は言いたいのだろうと判断する。

 頷きながら返事をする望月。


「言われてみれば確かにそんな気もするな」


「うん。それで私と試合する?」


 鏡月は里美の視線から目をそらす。


「うん。怖いから止めとく」


「おい! 結局せんのかい」


「初日から怪我はしたくないからなぁ」


「あっそ。なら私は誰かと二、三試合してくるからここにいなさいよ」


 試合に対してどうも乗り気じゃない鏡月に対して里美が冷たい視線を向けながら立ち上がる。鏡月は試合を見ながらそのまま頷く。


「ならまた後でね」


 と言って里美は試合観覧席から試合会場に向かった。

 一年生入学オリエンテーションマッチングの試合会場となっているのは能力学園の中でも一番広い模擬戦会場なので同時八個の試合をする事が可能である。確率は低そうだがもし学年主席の早苗と学年三位の里美が戦ったらどんな試合になるのだろうと鏡月は頭の中で考えてみる。恐らく同じ一年生とは思えない程の壮絶な戦いになるのだろうと思った。


 鏡月がそんな事を考えながら試合を見ていると早苗とは別の試合会場に里美の姿が見える。鏡月はずっと見ていた早苗の試合から友人である里美の試合を見ることにする。里美の対戦相手は大柄な男で片手には能力で作られたハンマーを持っていた。


 鏡月は微笑みながら、


「さて、この試合どうなるかな」


 と、独り言を呟く。


 鏡月は里美の能力を知っているがそれが対人戦闘になった時にどれ程の力になるのか楽しみだった。

 里美の対戦相手には申し訳ないが鏡月からしたら学年第三位である里美が負けるとは到底思えない。

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