ソロライフ・イージーヘル
鈴木怜
ソロライフ・イージーヘル
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって。俺だってもう大学生なんだから」
「お前はそういうことを言うから心配なんだ。……とにかく、気軽に連絡しなさい。毎日の生存報告も兼ねてな」
親父はそう言い残して車を走らせた。
道には俺一人だけ。
親父の車が見えなくなるまで手を振って、俺はこれからお世話になる家に入った。
「頑張りますか、下宿生活」
誰もいない部屋に俺の声だけが響く。家族の目が届かない生活というのはどんなものなのか。ぴりりとしびれそうな感覚が俺の体を走った。
「……なんか、興奮するな」
いつしか俺はそんなことを口走っていた。
しかしそれは家族にすら頼れないという事実から目を背けていたことによる興奮だったらしく。知り合いのいない土地でどうなるか分からない不安だったらしく。
「一人ってのは、淋しいんだな」
しばらくして己から出たその言葉に、俺自身が戸惑っていた。
帰ってくる人のいない部屋の温度に、打ちのめされていた。
手持ち無沙汰になったので触るスマホには、親父が無事に帰宅したとの連絡は入らない。
「……トイレ行きて」
気がついたら溜まっていた尿意を解消するため、俺はスマホをズボンのポケットに突っ込んだ。
—―――—―――—―――—―――—―――—―――—―――—―――—―――—―
用を済ませた俺は便器から立ち上がる。ストレスからかどっちも出た。
ノブを回すために振り返る。そのときだった。
スマホがポケットからすっぽ抜けた。
不幸にもスマホが便器側に来るように回った俺は、その瞬間がよく見えた。
すっぽ抜けたスマホはそのまま便器へと吸い込まれていく。
ぽちゃん、と音がした。
「あぽ」
間抜けな声が出た。そんなことをしている場合ではないのに。
しかしそれも一瞬。すぐに正気に戻った俺は、それに手を伸ばした。
よかった。幸いにも固形物はついてない。
「いやすこしも良くないがあああああああああああああっ!? 水没だぞおおおおおおおおおおおおおおううううう!?」
キッチンシンクへ走る。
黄色い液体をあらかた流し、タオルで拭く。
実家から持ってきた使い古したものと新品と迷ったが最後には新品で拭いた。
「……捨てようかね」
しかし今はそれどころではない。
スマホは、生きているのだろうか。
恐る恐る、電源ボタンを押す。
「……………………点いた」
思わずやったことだが正解だったらしい。
一応心配なので『スマホ 水没』で検索してみる。
一番上に出てきたサイトをタップ。
それは修理業者のページだったが、幸いにも対処法も載っていた。
「ふむふむ……シリカゲルとジップ□ックねぇ」
シリカゲルは百均に売っているらしい。ないと信じたいが、次に同じことが起こったときのために買っておいてもいいかもしれない。
俺が百均を探そうとした瞬間、スマホの動きが怪しくなった。
「……ん?」
かと思えば、バイブレーションが短く三回震えた。
「…………はああああああああああああああああああああああああ!?」
有り体に言おう、電源が落ちた。何度電源ボタンを押しても、反応がない。
俺はパソコンを購入していない。どうせなんとかなると高をくくっていたのだ。
連絡も取れない、百均にも行けない。なんなら調べものもできない。
こうして俺の
—―――—―――—―――—―――—―――—―――—―――—―――—―――—―
その後のことを少しだけ語っておこう。
俺のスマホは天に召された。俺は泣いた。
連絡は大家さんに泣きついた。げらげら笑ってくれたことは俺にとってむしろ救いだった。
親父は翌日に飛んできた。申し訳なかった。
やってくれるとは思ってたけどこんなに早いとは、と呆れていた。
大学でこの話を(水没したというところだけ)したところ、男女問わずそれなりに好意的に受け取られた。中には手持ちのお菓子をくれる奴もいた。不憫枠とでも思われたようだった。
そして俺はスマホをトイレに持っていけなくなった。トラウマというやつになったのだ。
最低限ポケットにスマホを入れないようにしないと用が足せなくなったのだ。しゃれにならないので気を付ける日々を送っている。
ソロライフ・イージーヘル 鈴木怜 @Day_of_Pleasure
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます