タイム トゥ ソウル Ⅱ (求め逢う魂たち)

村上 雅

第1話  プロローグ & パラノイド

     タイム トゥ ソウル II

          (求め逢う魂たち)

                         


            プロローグ



  とてつもなく激しい嵐の夜だ。

 空が騒がしく雷、雷鳴けたたしく異たる所で光のスピアー(槍)を処構わず投げ落としている。雲は厚く、この街の全ての明かりを吸いとり、那覇の市街地の空を覆う雲に呑み込まれた明かりは、黒々とした雲の中で不気味に鈍く光り、まるで生きもののように雲から雲へとうごめき渡っていく。地上では街灯の明かりさえも見えず漆黒の闇と化している。

ゴロゴロと雷鳴、地響き轟く中、パトカーや救急車などの緊急車両のサイレンも異たる所で忙しく騒がしい。

 窓のガラスを叩く大粒の雨、私は朦朧もうろうとし、失いかけていく意識の中、妻の志緒梨しおりの悲痛なまでの表情で私の名を呼び、泣き叫ぶ声を聞いていた。

「たぁちゃん、私を独りにしないで、たぁちゃんは、いつも私の傍にいてくれる、って言っていたじゃない。私を独り置いていかないで……たぁちゃん……」

 しかし、私は妻に「ありがとう……」と言うのがやっとだった。だが、しかし心の中では〝私の傍にいてくれてありがとう……君の傍にいて、私はずっと幸せだった……愛してる〟でも、そんな彼女の必死な言葉に私の中には、更に思いはふくらむ〝嫌、私はもっと志緒梨の傍にいたかった……嫌、違う、いたい……もっと、もっとずっと永遠に……〟そういうおもいが沸々ふつふつとわきあがりってくるのだが、情けないことに、私の口から出る言葉はやはり「ありがとう」と言うのがやっとだった。しかし、その言葉も声にもならないほどに微かなものであった。今の言葉が、私の最後の言葉になるのだろうか……ああ、しかしそれでも私は伝えたい。最後の力を総てふりしぼってでも……。

「 ぃちゃん、たとえ運命が、私たちふたりを切り離したとしても……私は何処にいても、君を見つけ出すから……」

 私の今の言葉は志緒梨に届いたのだろうか? 今は、妻の悲しいまでに必死な顔も霞んできた。更に、神経さえもなくなってきたようだ。あれほど苦しかった痛みも今はもうない。愛しい妻の声さえも……。

 そして、総てが眩しいほどに真っ白となり、私の意識はなくなっていく。

 …… ぃちゃん……あ・り・が・と・う……。



        1、パラノイド


 私は死んだ……。

だが、次の瞬間、どこかで聞いたことのある、確かブラック・サバスのパラノイドだ。その曲が突然意識の中に……嫌、違う。そんなんじゃなく直に耳へと鳴り響いている。聞き覚えのあるその音、多分、それは、私が昔使っていた携帯電話? その着信音だ。

 しかし、体がまるで鉛になったかのように重く、動かない。だが不思議なことに、見えなかった目が見えるようになってきた。何やらぼんやりと微かではあるが、何かが見えてきた。なぜか私の暗い過去の記憶のなかにあった天井だ。

 霞む目で、周りを見渡すと、何やら不思議と懐かしい……ああ、どうしてなんだ。確か、此処は昔、私が住んでいたアパートの一室だ。そこで私は仰向けになっているのか? 私の耳には、携帯電話が未だパラノイドのイントロを繰り返し鳴り続けている。

 私は死に、ここは二瀬の場か? 私が行くはずのあの世の狭間で、かくいう死に際に見る走馬灯そうまとうおぼしき幻か? だが、言い知れぬ体感からくる不安が私の中で蠢く恐怖と期待感薄弱な希望が駆け巡る。んっ、体感? 私の、神経は戻っているのか、重力を強く感じるほどに体が重くて堪らない。今ある力を振り絞って音のする枕元の携帯電話を取ろうと手を伸ばしかけた時に、着信音が途絶えた。

 私は、確か死んだはずでは? いったい、ここにいるのはなぜなんだ。記憶の糸を手繰たぐり寄せ、先ずは落ち着いて考なくてはいけない。っと、そこへまた携帯電話が鳴り出した。今度は、やっとの思いで携帯電話を手にすることができ、電話に出ることも出来た。

「ファイ……モヒモヒ……」

 ああ、だるくて声も出し辛い。まるで酔っているかのように麻痺し口まで重く感じる、呂律が思うようにまわらない。

「アー、やっととってくれた。もしもし、仲村さんどうしたんですか? 会社にも出てこないし……もうお昼過ぎですよ? 朝から、心配して何十回も電話をしたんですよ」

 っと、これも懐かしく聞き覚えのある若い男の声が響いた。しかし、今度も私は、その声に記憶の糸を上手く繋ぐことが出来ずに思わず尋ねた。

「……誰?」

 すると男は、頓狂とんきょうな声で応えてきた。

「エー? なに言ってるんですかー? 嫌だなー、仲村さん二日酔いですかー? 僕ですよ、僕、アラシロですよ……アース・フーズの、仲村さんと一緒に仕事をしている。とりあえずは、上司の営業担当部長の新城です。仲村さん、何かあったんですか?」

 私の思考回路がやっと繋がり、始動し始めた……ああ、そうだ。この声は確かに彼だ。しかし、新城は以前、私が勤めていたアース・フーズという会社の社長の次女の婿むこで、私より五歳年下の……ンッ? 何だか変だ。確か、彼は二十年程も前に自分の会社を興しアース・フーズを退社をして行った筈だ。それに、彼の声が余りにも若い。

 そこで、私の思考回路はまた途切れかかていたが、また電話の向こうから私を呼ぶ。

「仲村さん、どうしたんですか? 本当に、何かあったんですか?」

 私は思わず譫言うわごとのような言葉をいた。

「か、体が……体が動かない。それに、私がどうなっているのか、わからない」

 電話の向こうでは、私を心配しているような声が聞こえる。

「仲村さん、仲村さん、大丈夫ですか?……仲村さん……仲村さん……」

 私は、そこでまた意識を失くしてしまった。

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