§9 二人だけの1日

 朝から暑い陽射しが照り付け、今日は真夏日だと天気予報が言っていた。昨晩、七海は初めての二人きりのデートに胸が高鳴り、よく眠れなかった。何を着て行こうか、水着姿を見られるのは恥ずかしいし、選んだ水着がおかしくないかと心配で、どう過ごして良いのだろうかなどと、要らぬ事が頭の中で交錯していた。

 水着を一人で選べないと思った私は、初絵に助けを求めていた。そうする事で、立松君と二人でプールに行く事がばれてしまうが、仕方がないと思った。

「へー!いよいよデートするんだね。七海がうらやましいな。どうせ買うなら、立松君が喜びそうな、思い切り派手な水着にしようよ!」と面白がられて買った水着は、花柄の付いた黄色のセパレートタイプだった。そして、買物の帰り道、初絵からデートのアドバイスを受けた。

 彼から離れないように、プールサイドでは横に寄り添って座るべし。学校のプールではないから、日焼け止めクリームも忘れずに、何なら背中に塗ってもらうべし。水の中では恥ずかしがらずに、手をつないでスキンシップに励むべし。

 というようなアドバイスで、初絵にはデートの経験があるのかと不思議に思った。


 私は悩んだ末、ノースリーブの白のワンピースにサンダルを履いて、いつもの橋に出掛けた。彼はすでにそこにいて、にこやかに出迎えてくれた。久し振りに見る顔は、前よりも日に焼けて黒く大人っぽく見えた。たかだか2週間会わなかっただけなのに、七海は懐かしい旧友に会うような心持ちだった。自転車で最寄りの駅まで行き、そこから電車に乗って30分の所にプールはあった。電車の中ではもっぱら部活の話と、夏休み前半の出来事を語り合った。

 プールの更衣室で水着に着替えて外に出ると、トランクスを身に着けた彼が待っていた。私は水着姿を見られるのが恥ずかしく、長目のパーカーを羽織っていた。二人でプールサイドに行き、腰を下ろした。初絵に言われた通り、彼のすぐ横に肩が触れ合う距離に座った。

「よし!プールに入ろうか!」と彼が声を掛けてきた。

「うん!ちょっと待ってね!」と私はパーカーを脱いで立ち上がった。そして、先に行こうとする彼の手を取ってつなぐと、何も言わずに握り返してくれた。

 流れるプールに押されながら、はぐれないように彼の手をしっかりと握っていた。泳ぐ時にははゆっくりと泳ぎ、私へのエスコートを忘れていなかった。


 円型のプールを2周泳いだ所で、飲み物を買ってプールサイドに戻った。私はもうすっかり水着にも慣れ、パーカーを羽織る事を止めていた。日焼けが気になったが、さすがに日焼け止めを塗ってくれとは言えなかった。

「梅枝の水着、似合ってるよ!」と唐突に予期しない事を言われ、とっさに返す言葉が見つからなかった。

「びっくりしたなあ!千宙君の口から、そんなお世辞が出るなんて。ほめてくれて、ありがとう!ついでに呼び方だけど、その苗字で呼び合うのを変えない?」

「変えるって?例えば下の名前で呼ぶとか?今、千宙君って言ってたよな。」

 以前から考えていて言い出せなかったが、いつか提案しようと考えていた。話し合いの結果、彼は私を七海と呼び、私は千宙君と呼ぶ事で合意した。千宙と呼び付けにするのは、私にとって少しハードルが高かった。

「でも、学校では今まで通りに、立松と梅枝だよ。」と付け足した。

 呼び名を変えただけなのに、二人の距離がより縮まったように感じた。私の知らない千宙君の事を、もっと知りたい。男の子と女の子は身体の構造は当然違うけど、心の中も違う。一般的な男の子というよりも、千宙君の思っている事や考えている事をもっと知りたいと思った。

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