魔女はオモイをチョコへとカケテ

綺嬋

恐怖のレシピ

「食べたら恐怖に襲われるチョコレートが作りたいんです!」


 机に両手を勢いよくつくと、艶やかな木製のデスクの上で色とりどりの小瓶たちがぶつかり合ってカチカチおしゃべり。

 魔法雑貨店『銀の庭』──シャッターばかりの商店街の路地を入り、住人がいるかいないかも分からない古い家屋の露地が作る迷路を抜けた奥の奥。

 一角だけが切り貼りされた異世界くらいに場違いな、小さいけれど美しく深い庭園があって。その真ん中に建つ西洋のお城のミニチュアみたいな住居兼店舗を、私は今日も訪れている。

 まだ二月とあって陽は短く、部活を終えてから来た店内は暖色のアンティークランプに優しく染まっている。


 ディアナさんは目の前に私という客がいるのに安楽椅子で脚を組んだ姿勢を崩さず、月光を紡いだような銀の長髪を指先でもてあそんでいた。


初華ういかちゃんも物騒なもんを作りたがるねえ」


「もう十回もあいにフラれているんです! さすがに心が折れました……」


 ディアナさんは髪から手を離して、四、五、六……と指折り数えていく。閉じた右手が十二の次に一を数えて開かれると、苦笑いを浮かべた。


「高校に入ってから月一で告白をしてきたのかい? そもそも初華ちゃんが何か間違っていないか、経緯から聞かせてくれないか」




 入学式後のホームルームを終えて新生活に浮かれている教室の隅。ひとり気だるげに肘をついて窓の外を眺めていたのが藍だった。冬の曇り空みたいな冷たいグレーの髪に、高貴で気まぐれな猫の目つき。他の子が履かないグレーのタイツに包まれた膝の目立つ細い脚。

 同性なんて壁は一足で飛び越えて、私は一目で夢中になってしまって。

 思わず両手の親指と人差し指で作った即席の額に藍を飾った。気づいて私に向けたいかにも迷惑そうな作り笑いですら魅力的で、ホームルームの内容も頭に入ってこないままその日の放課後に告白。もちろん『あなたのことはよく知らないから』って断られた。

 それもそうだよねと、次の日からは積極的に話すようにした。


 藍は人見知りだから、急に告白してきた私の第一印象は最悪だった。

 勉強は私よりずっとできるから、分からないことがあれば呆れ気味にでもちゃんと教えてくれた。

 チョコレートが好きと聞いてからはいつもカバンに忍ばせて、疲れていそうな時にはこっそりあげた。

 最初のうちには分からなかった僅かな表情の変化が嬉しい顔だと気づいてからは、他の誰もが知らない私だけの宝物になった。


 そうして私と藍は、順調に仲良くなっていった。私が思うには。

 ゴールデンウィークに行ったピクニックの青空。

 やわらかくなり始めた声音。


 一つだけ差した梅雨空の傘の中。

 濡れて香った私とは違うコンディショナー。


 はしゃぎすぎた夏祭り。

 背にした花火よりきれいな浴衣姿。


 静かな図書室。

 私だけの息づかい。


 プレゼント交換をしたクリスマス。

 私が思うより、私を知ってくれている心。


 除夜の鐘が鳴り終えた直後。

 明日からの三百六十四日も欠かさず見ていたい姿。




 けれども、その全ての告白の答えは『初華とはそういう関係にはなれない』だ。

 自分で言うのはおかしいかも知れないけど、これだけ一緒にいてくれるのだから嫌いではないはずなのに。


「初華ちゃんは何故恋人に拘るんだい? 今の関係のままでも十分ではないかな」


 ディアナさんは考えを撹拌するように安楽椅子を揺らす。


「怖いんです。これだけ一緒にいるのに特別になれないのなら、私は、いつか──」


 捨てられてしまうかも知れない。そもそも、私が勝手に夢中になっているんだもん。いつの間にか、私が告白する理由の半分はこの怖さから逃げるためになっていた。


「それで恐怖による吊り橋効果狙いか。禁止指定魔法の惚れ薬を避けるあたり、初華ちゃんも『魔女』だね」


 私の被る臙脂色の魔女帽子とケープを順に見てから、紫色の鋭い瞳を細めた。


「それで、ディアナさんは作り方知っているんですか?」


「当たり前だろう? この阿羅庭あらにわディアナに知らぬ魔法はないからな。ただ──」


 細めた目を見開く。

 まるで魂を吸われてしまいそうな深さに背筋が震えた。


「初華ちゃんは、それでいいのかい?」


「……はい。私にできることはもう、しましたから」


「そうか、わかった」


 その声とともに空気が急に軽くなって、私はほっと息をついた。ディアナさんが脚を組み替えてから一つ手を叩くと、赤ちゃん程度の背丈をした土製のゴーレムが黒い紙袋を頭に載せて運んでくる。大きさは週刊マンガ雑誌くらいだ。美術室で見掛けたデッサン人形に似ているなぁなんて思っているとゴーレムはデスクの手前で止まり、上半身をぐらつかせながら紙袋を投げ置いた。

 表には紫の筆文字で『おし』と書いてある。促されて折り畳まれた袋の端を開くと、中には甘い芳香を漂わせる真っ黒くて細かな結晶が。


「魔女が大釜で煮た特級品のおしじゃないですか! 高いから部活じゃ使わせてもらえないんですよね……」


「初華ちゃんたちの女子高の裏手に山があるだろう? その中腹にある墓地に鬼火が出るから、隅の方に盛りおしをしておびき寄せるんだ」


 いつの間にか足元に来ていた二体目のゴーレムが、ボールやスイカを入れるような網を二つディアナさんに手渡す。それをそのままデスクの上から私に差し出した。


「朝採りしたオニグモの糸で編んだ網を貸してやろう。こいつなら鬼火に逃げられも燃やされもしない」


「なるほど、捕まえた鬼火でチョコを作ればいいってことですね! なら焼きチョコかな」


 ゴーレムたちはコトコトと店の奥に引っ込んでいく。ディアナさんは満足げに頷いてからおしの袋を顎で示した。


「おしは魔法が増幅されるからチョコそのものにも使うといい。甘すぎるから分量は砂糖の六分の一だ」


「分かりました! でも、こんな高級なおしに網まで、ちょっとお小遣いが足りないかも……」


 通学カバンを開けて財布の中身を確認する。今月は買いたいマンガや小説もあるけれど、藍への告白の成就のためなら我慢できるぞ私。固い決意で財布の口を結ぼうとすると。


「お代はいらないよ。代わりに私にも鬼火を一魂ひとたま、採ってきてくれないか?」


「えっ! もしかしてディアナさんも告白ですか?」


「もう色恋沙汰には飽き飽きさ。ポップコーンを炒るんだよ。ホラー映画のつまみにちょうどいい」

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