ショートショートシリーズ
まつしまにしき
私の名前は
私が住処を持たない身となってから、どれほどの時が経っただろう。
仮の寝床として使用しているダンボールは、雨をたっぷり吸い込んで形が崩れ、ところどころ穴が開いている。
胃袋がぺしゃんこになるほど腹が空いていても、世間に見向きもされない私は日銭を稼ぐことすらままならない。文字通り霞を食いながら、虚ろな目で道行く人を眺める日々だ。
「ほんの数年前までは、あちこちに引っ張りだこで休む間も無かったんだがなぁ……」
もう遠い昔のように感じられる、輝かしい栄光の時。テレビや雑誌、ネットニュース、どのメディアを覗いても私の話ばかりだったというのに、今では存在自体を忘れかけている人がほとんどだ。
道端に座り込んだ私の方へ、時々目をやってくれる人もゼロではない。だが、その場合も大抵は興味無さげに通り過ぎてゆくか、でなければ「うわあ、懐かしい」「私もコレ飼ってたよ、今は飽きちゃって別のを育ててるけど」といった会話を繰り広げるだけ。
誰も彼も、私を拾おうとはしてくれない。何故って、彼らは既に新しいものを飼っているからだ。
また一人、私の前を通り過ぎる。
洒落たワンピースの少女に連れられた「それ」は、こちらをちらりと一瞥した後、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
ふん、せいぜい馬鹿にしているがいいさ。お前だってあと数年もすれば、私と同じように住処を失い、ダンボールで雨風を凌ぐようになるんだからな。
得意げに去ってゆく後ろ姿へ、ペッと唾を吐いてやった。
そうしてまた、空腹に耐えながら眠りにつく。
私の名前は、「流行」だ。
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