愛の像

平田ゆう

第1話

ブーーー、ブーーー


スマホのバイブレーションで私は起きる。

隣の正樹を起こさないようにゆっくりベッドから出て床に脱ぎ捨ててある下着をつける。

ホックをつける時、姿見を見てしまった。


「はぁ」


深いため息とともに自己嫌悪に陥る。

なんて私は醜いんだろう。右手で、自分の体をさする。

至る所が青色や黄色になっている。

急いで洋服を着て自分の体を隠す。

白のゆるっとしたニットの上着もこころなしかくすんでみえる。

洗面所で顔を洗い、いつもより少し派手目にメイクをして自分に仮面をつける。

化粧で人はここまで変わる。人間不信になってもおかしくないと思う。

適当にご飯を食べて音が鳴らないように静かに玄関の扉を開く。

家を出る時、正樹の方を振り返る。

正樹は気持ちよさそうに寝返りを打っている。

微笑ましく思いながらも、


「また、ね」


ボロい階段を降りる足取りは重い。一段一段ゆっくり降りた。

バスで仕事先に向かう。

バス内では女子高生が最近の流行りやら、恋バナに花を咲かせている。


うるさいな、周りの迷惑も考えなさいよ


と注意できたらとっくにしている。以前の私もそうだったのだろうし、変に絡む大人と周りから思われたくない。

グッと我慢してスマホを見る。

ネットのトップニュースには今日も、連続殺人事件犯人未だ見つからずや、あの大物俳優が一般女性と結婚など毎日目に入るような記事がずらりと並んでいる。日本は今日もわりかし平和だ。


仕事先に着くとスタッフ専用の裏口から入り、女性用更衣室に入る。

中から同じ歳くらいの女性が出てくる。


「あ、美穂ちゃんおはよう!今日も可愛いいね」


笑顔で言う彼女は林萌香。歳は私の1つ下の21歳。

茶髪を後ろでふたつに結ぶ彼女は性格も明るくこんな私にも挨拶してくれる。


「お、おはようございます。萌香さん」


私は年下の彼女にお辞儀をする。


「だから敬語なんてやめてよ〜、美穂ちゃんの方が年上なんだから。そりゃ一応会社では私が一年先輩ですけど、美穂ちゃんは敬語使わないでよ〜」


いいからいいからと笑顔で言う彼女が眩しい。羨ましい。

ふんわりした口調と上品な雰囲気からどこかのお金持ちなのではないかとまで噂されている。


「わかりまし、、わかったよ萌香さん」


「うん!じゃあまた後でね」


嬉しそうに廊下を歩く彼女の後ろ姿を見届けた後更衣室に入る。

私は誰かがくる前に急いで着替えた。体を隠すようにできるだけ早く。着替え終わると更衣室を出た。

そして萌香さんの隣に座る。


「美穂ちゃんメイク変えた?てか濃くなった?」


席に座ってすぐ萌香さんが聞いてきた。ちょっとした変化に気づくなんて鋭い人だ。

気をつけないと。


「ちょっとイメチェンしようかなと思って、変かな?」


「全然いいと思う!!可愛いよ」


萌香さんに言われると嘘でも嬉しい。

すると、萌香さんの前で一人の男性が立ち止まった。


「あのすみません、9時に楠田さんと面会の約束をしているサイハイツの原田と申しますが」


萌香さんは笑顔で原田と言う男性の受付を始めた。サイハイツといえばIT関係で今上り坂の会社である。


「少々お待ちください。


はい確認が取れました。原田様2階ロビーにてお待ちください、こちら入館証になります。

お帰りの際はこちらに返却をお願いします」


慣れた手つきで業務をこなしていく。


「あの、すみません」


私の前にも来客のようだ。

私も流すように手続きをし、説明、案内をする。


一息ついたところで、パソコンの共通フォルダから今日の予定表を見ると午後までびっしり誰かしらに面会の予定が入っている。

これを二人で捌くのはかなり苦労する。しかもまだ21、22歳の2人でだ。

まぁ不満を言ったところで誰かがしてくれるわけでもない。

それに泣き言なんて言ってられない。

ここはこの会社の顔なのだ。受付の対応で相手を不機嫌にさせるわけにわいけない。

それくらい覚悟を持って仕事をしている。



昼前の業務が終わると、交代でご飯を食べる。


「美穂ちゃん先いいよ〜」


「いえ、萌香さんこそお先にどうぞ私は後でで大丈夫なので」


「そう?じゃあお言葉に甘えてお先に。ありがと!」


一礼して席を立つ。

数件対応しているうちに萌香さんが帰ってきた。

とてもニコニコしている。どうしたのか聞いてほしいオーラをプンプンさせている。


「どうかしたの?」


少しだるそうに質問すると気にする素振りも見せず、


「今日彼氏が家に来ないかって誘って来たんですよ〜!」


きゃーーどうしよう〜

と自分で言った言葉で盛り上がっている。

萌香さんは多分ダメな男にひっかりそうだ。まぁ私がどうこう言うことではないが。


「へえ、よかったね」


作った笑顔を返すもこれも気づいてない。彼氏に相当ぞっこんなのだろう。


「美穂ちゃんって結婚してるんだよね?若いのにもう奥さんなんだ。結婚して何年目?いいなぁ、私も早く結婚した〜い」


胸が痛む。堪えて笑顔を作る。


「いいことばっかりじゃないよ〜。まだ2年目だから偉そうなことも言えないけど。結婚もタイミングだと思うけどな。

それじゃご飯行ってきますね」


私は席を外し、早歩きで離れた。

すれ違うスタッフと挨拶を交わし、スタッフルームで昼食をとる。


スマホの通知音が鳴る。


『お疲れ!!

お仕事中かな?』


正樹からだった。

正樹とは友達の結婚式で出会った。

以前から顔見知りではあったが、仲良くなったのは結婚式からだ。

お酒が入り私が悩みを打ち明けてそれを正樹が受け止めてくれた。

そこから今の関係に至る。正樹の方が2歳年上だが、おっちょこちょいで子供っぽい。でもそこが愛おしい。

童顔でまだ高校生といってもおかしくないほどだ。


『そうだよ正樹もお仕事頑張ってね

てか、ちゃんと起きれた?寝坊してないよね?』


そう返信するとすぐまた返信がきた。


『当たり前じゃーんとかいいつつ寝坊しかけたw


美穂、愛してるよ

無理はしないでね、じゃぁ仕事に戻るね』


『ちゃんと起きないとダメだよ!

ありがとう

ガンバ!!』


簡単に昼食をすませ、ロッカーにスマホを戻そうとしたら通知音がなった。


『何時に家に着くんだ?』


カタンッ


スマホを慌てて拾い返信する。

画面をタップする指が震えているのは気のせいか。


『6時半ごろになると思います』


『わかった。』


それきり返信はなかった。

ロッカーに戻し、エントランスに向かった。


「早かったね〜もう少しゆっくりしてきてよかったのに〜」


「いえ、まだまだ仕事がありますので、昼からも頑張りましょう」


「そうだね!」


対応、事務作業とやることはいっぱいだ。

わたし達は必死に勤務をした。定時になり、二人で更衣室に向かった。


「今日もきつかったね〜美穂ちゃんお疲れ〜」


「そうだね、萌香さんもお疲れ様。

ちょっとトイレ行って来るから先に更衣室行って着替えてて」


「うん、わかった〜先行ってるね」


萌香さんと別れ、トイレに向かう。

一緒に更衣室に行けば、着替えの時に醜い体を見られてしまう。

変に心配されたくない。

別に用事もないが個室に入り、時間を潰す。

途中何人かがトイレを出入りをしたところで個室を出た。


更衣室に入ると化粧直しをしている萌香さんと鏡越しに目があった。


「美穂ちゃん遅かったね!

一緒に帰ろうって言おうと思ったけど、今日は先帰るね」


萌香さんは嬉しそうにメイクに戻る。


「そっか、今から彼氏さんのところ行くんだっけ?」


萌香さんがこっちを振り返る。

満面の笑顔だ。幸せオーラが滲み出ていて私には眩しい。


「そうなの!うふふふ

さっき連絡あって早く会いたいよ〜だって!」


とても幸せそうだ。バカップルぷりが全開で一瞬、だる、とおもうほどに。


「うわーお熱いね!早く行ってあげな、彼氏さんが待ってるよ」


「うん!じゃぁまた来週ね美穂ちゃん!!」


バタン


更衣室に一人残った私はシャツのボタンを一つ一つ外していく。

シャツを脱ぎ、鏡の中の自分と目が合う。

体には無数の痣。顔にないのが幸いだ。変な心配をされなくて済む。顔には痣を作らない彼の優しさだ。

ゆっくりと服に着替え、メイクを落とす。彼が派手なメイクが嫌いだから。

ナチュラルメイクに戻して薬指に指輪をはめる。


バスに乗り、家路を急ぐ。

学校帰りの学生、会社員皆疲れ切っている。

私も立ったまま寝そうになった。

マンションに着くとエレベーターに乗り10階を押す。


ガチャン


鍵を開け真っ暗な家に入る。

急いで晩御飯の支度をする。

一通りすんで時計を見ると


19:15


もうすぐ彼が帰ってくる。


ご飯の支度を終え、洗濯物、掃除と、家事をテキパキとこなす。

しかし、いつまでたっても彼は帰ってこなかった。

ガチャン


ドアが開く音がした。

私は一気に鳥肌がたち、体が震えた。


コツコツ


足音が近づいてくる。


「今帰ったぞ〜」


「おかえりなさい。さん」



うわっ、お酒臭い。


しかも例のごとくかなりご機嫌斜めだ。

顔も真っ赤に染まってて、足取りもふらふらだ。


「今日も飲んできたんですか?

ご飯いらないなら言ってくれればよかったのに」


「あ?うるさいなぁ、水くらいだせよ。」


イライラしている。やばいと思い、急いで台所に行きコップに水を注いで渡す。


「ごめんなさい気が利かなくて」


彼は椅子に座り水を飲む。

その間私は彼の足元に正座をし頭を下げる。


「ほんとだよ、お前は本当ダメなやつだな」


頭をパンパンと叩かれる。

私は黙って堪えることしかできない。


しばらく沈黙が部屋を覆う。

私は沈黙に耐えきれなくなって、


「今日、お仕事どうだったの?」


しまった。つい、仕事の話をしてしまった。

彼はコップを机にドンと置き、立ち上がる。

そして、私に近づいて、肩を押し、倒した。


「いたっ!」


「誰に向かって口聞いてんだ?あ?」


私の髪を掴み左右に振り、そのまま立ち上がらせる。


「ごめんなさい、私が悪かった、やめて」


「誰のおかげでこんないいところに住めると思ってんだ?」


ボコッ!


「うっ!」


鈍い音とともに腹部に痛みが走った。

私は痛みに耐えれず床に這いつくばってしまった。


「俺が一生懸命働いているからだろ。

お前も働いているかもしれねぇけどな、お前の給料じゃこんなとこに住めねぇぞ。わかってんのか?」


「そうです、ごめんなさい。真一さんのおかげです。」


上から降りかかってくる怒号に、怯えることしかできない私。


「あれか?嫌味か?俺に対する嫌味か?ああ?」


彼は何度も蹴りを入れてくる。腹、足、背中、あらゆる場所蹴りながら罵声を浴びせる

私は頭を手で守りながら何度も謝った。


「違います、ごめんなさい。ごめんなさい。やめて」


ひとしきり蹴った後、疲れたのか彼は椅子に座った。はあはあと息を切らしている。


「ごめんなさい。。。もう、やめて。。。」


私は蹴りがやんでも言っていた。

痛みで感覚が麻痺しているのであろう。今蹴られているのか蹴られていないのかわからなかった。


彼は水を飲むと落ち着いたのか、多少柔らかい口調で、


「昨日の女子会は楽しかったのか?」


と聞いてきた。

連絡はしといて正解だった。もし連絡せず帰っていなかったらもっと痛めつけられていたに違いない。


「えぇ、つい話が盛り上がってしまって少し遅くまで起きてました。」


「そうか、今日は寝る。」


彼はそう言って寝室に向かった。


「おやすみなさい。真一さん」


後ろ姿にそう言うも返事はなかった。


私は風呂場に行き、服を脱ぐ。蹴られた場所は赤く腫れ、前からある痣と相まって色鮮やかに肌を染めている。


鏡に映る自分の顔を指でなぞる。気づけば頬を雫がつたっている。


あれ?なんで私彼と結婚したんだっけ?

彼、真一さんと初めて出会ったのは高校を卒業した後の春だった。

特にやりたいことも見つからずカフェでバイトをしていた時よく通っていたのが真一さんだった。

真一さんは私の4歳年上で超がつくほどの大手企業に勤めている。

笑顔が素敵で、短髪の黒髪がいかにも社会人みたいで当時の私はそんな大人になりたいと憧れていた。

初めは挨拶する程度だったが、次第に自分の恋愛やら将来についての相談までするようになった。

真一さんはどんな話も聞いてくれ、私を笑わせくれた。

付き合ったのは猛アプローチがあったから。

仲良くなってからはお店に来るたびに、


「デート行こうよ」

「今度いつが休みなの?」

「前言ってた映画一緒に見に行かない?」


と誘ってくる。それまでそんなアプローチをしつこくされたことがなかったからとても嬉しかった。

何度かデートを重ねるにつれ私も友人ではなく男性として好きなんだと感じ、付き合った。


1年後私は真一さんに結婚を申し込まれた。二十歳の私はとても嬉しく絵に描いたように舞い上がっていた。

大好きな彼と一緒にいられる。それがなによりも嬉しかった。

両親も真一さんのことは大好きで、信用していたがやはりまだ若いし、早いのではと心配していた。

しかし、大手企業の社員で経済面も余裕、なにより人柄の良さが決めてとなり私たちは夫婦となった。



結婚半年を過ぎたあたりから彼の態度が急変した。


毎日家に帰ってくるのは深夜を超えてからになった。

酔った勢いで、愚痴も言うようになった。

次第に私にも暴言を吐くようになった。私が言い返すと平手打ちが返ってくる。

しまいにはいきなり私を押し倒し腹部を殴ったりもするようになった。

私はその度泣きながら謝り、やめてと言うしかできなかった。


周りにバレるのが怖いからか彼は私の顔には一切手を出さなかった。

かわりに腕、腹部、足とあちこちに痣ができていった。

好きだったオフショルの服も、短めのスカートも、とにかく肌が露出するような服はほとんど捨てた。


仕返しや周りからの目が怖く、友達にも、親にも相談出来ず、身も心もぼろぼろになりかけていた時、正樹と出会った。

花嫁姿の親友はとても幸せそうで、おめでとうと思うのと同時に羨ましいと思ってしまった。


お酒が強くないのに気づけばお酒をたくさん飲んでいた私はふらふらになっていた。

そんな私を介護してくれたのが正樹だ。

私は正樹のアパートに行った。なぜだか正樹といるとホッとした。


正樹は私が酔って散々愚痴を言っても優しく聞いてくれた。

ボロボロの私はお酒も入っていたのもあったが、初めて人に痣について話した。実際に痣も見せた。

正樹は真剣な顔で私の話をすべて聞き、

話し終わった後涙でぐちゃぐちゃな私をそっと、しかし強く抱きしめてくれた。


「君を守るから」


と少女漫画の王子様のような台詞を言いながら。

私はとても嬉しかった。

痣を見ても一度も顔をしかめず、真剣に話を聞いてくれたのが嬉しかった。

その日から私は正樹と関係を持ってしまった。


ブーーー、ブーーー


スマホのバイブレーションで私は起きる。

ソファから起き上がりキッチンに向かい水を飲む。

昨日はお風呂に入った後寝室に行こうにも怖くて入れずソファで寝たのだった。


ガチャッ


朝食を作っていると寝室のドアが開いた。


「おはようございます。真一さん」


「おはよう美穂」


彼は机に座りスマホを見る。まだ疲れが残っているのかあくびを何度もしながら。


「どうぞ」


簡単だがトーストとサラダ、オムレツにスープを机に並べた。


「ありがとう」


彼はスマホを見ながら礼を言う。私も対面に座り朝食を食べる。


カチンカチン


とフォークが皿に当たる音と食べる音だけが響く。食事中に会話は一切ない。

彼は味の感想もなくスマホをいじっている。

私は特になにもせずにひたすら食べる。


食後にコーヒーを飲みながら朝の情報番組を見る。

誰々が覚醒剤で捕まっただのDVで女性死亡などのニュースが流れる。

すると彼が突然テレビを消した。


「美穂、昨日はごめん。会社でちょっとトラブルがあってそれでやけになって一人でバーに行って飲んでた。

夜のご飯作ってたのに連絡せずにすまん」


「いいの、会社のトラブルは仕方ないし、お酒で気を紛らわしたいこともあるわ」


私は気丈に振る舞った。

彼はお酒を飲んできたことは覚えているが、帰宅してからのことはあまり覚えてないようだ。

よほど昨日は機嫌が悪かったのだろう。

触れぬが吉だ。


「今日は予定あるの?」


やばっ、とは思ったが、彼は優しい口調で


「いや、昨日でとりあえず一山終えたから明日もゆっくりできるよ」


「そう、お疲れ様」


笑顔で言う私の心は本当に安堵していた。

もし、さっきので機嫌を損ねたらどうしようとも思っていたからだ。


ブーーー。


通知が入りスマホを見ると、正樹からだった。

ドキッとし、スマホを落としそうになる。


『美穂、今日空いてる?

俺、明日も時間あるからよかったら今からでも家こない?』


このタイミングでお誘いとは最悪だ。


「ん?友達か?」


彼が気になって聞いてきた。



「えっ?あ、そうよ。

今日急だけど遊ばないかって」


悟られないように平然を装い普通に話す。


「そうか。それで、行くのか?」


「行きませんよ。今日はせっかく真一さんが休みなんだもの」


「そうか、わかった。

俺はちょっと書斎で書類に目を通してくる」


そう言って彼は書斎に行った。こうなると数時間は出てこない。

以前掃除した時に入ったが、勝手に入るなとこっぴどく怒られ、殴られた。

それ以来一度も入ったことのない部屋。中でなにをしているのか分からない。


私はすぐに正樹に返信した。


『今日は無理よ

真一さんがいるから』


『あの男のとこになんかいるなよ!!なにされるかわかんないだろ』


『大丈夫、今は落ち着いてるから』


『だけど、いつまたされるかわかんないだろ、俺のとこに来いよ

俺が美穂を大切にするから』


『彼、休みだから1日中家にいるわ。今書斎に入ったからしばらく出てこないと思うけど』


『なら、今からこっちに来いよ』


正樹からのお誘いはとても嬉しかった。

胸が高鳴り自分が愛されているとも感じる。

でも、


『ごめん、やっぱり今日は行けない』


それきりスマホを触らなかった。

少しの後悔はあったが、自分の決めたことだと自分に言い聞かせた。


昼過ぎになっても彼は書斎から出てこなかった。

昼ごはんはと聞いてもいらないと言われ一人で食事をした。


私が、夕食の準備をし終えた頃


ガチャッ


書斎のドアが開き彼が出てきた。


「お疲れ様真一さん。ご飯できてますよ」


「そうか、じゃあ食べようか」


二人で席につき、黙々とご飯を食べる。


ふと彼が、


「今日なんだが、」


私は言い終わる前に勘付き、背筋を伸ばした。


「はい。大丈夫よ」


「そうか、わかった」


それから再度沈黙。


夕食を終えると彼はすぐにお風呂場に行った。

私は食器を洗う。


彼がお風呂場から出てくると、


「先行ってるぞ」


とだけ言い寝室に行った。


「はい」


私はすぐにお風呂場に行き服を脱ぐ。

さっと体を洗い、湯船に浸かる。


はぁ〜


体の芯に染み渡るのがわかる。

湯船をでたらもう行かなくてはいけない。

行きたくはないが行かなければ。

できるだけゆっくりと浴槽から出てバスタオルで体を拭いた。

赤の下着をつけその姿のまま脱衣所を出る。

キッチンで水を1杯飲んで寝室の扉の前に立った。


ふうー


呼吸を整え、


コンコンコン


「入れ」


「失礼します、、、」

扉を開け中に入る。

そこから私は記憶を抹消する。


お酒を飲んで機嫌が悪くなった翌日の夜は決まって私を求めてくる。

反省なんかせずに毎回。

私は彼の言う通りにするのだ。そしていつの間にか意識が飛び、眠りにつく。


次の日隣に彼の体温を感じながら目を覚ました。

アラームもかけずに寝てしまったらしい。

と言うよりかける前に意識がなくなったのだから仕方ない。


んーーーーっ んっ!!


体を起こし背伸びをすると体の至る所から激痛が走った。

腕に目をやると痣が増えていた。


はぁ〜

ため息をつき横に寝ている彼を見る。

私の体に痣をつけた犯人は隣でぐっすりと気持ちよさそうに眠っている。

昼まで起こすなと言われているため、起こさないようにベッドを出る。


服を着替えてキッチンに向かう。

野菜ジュースとヨーグルトを食べ、朝のニュースを見ているとスマホの通知音がなった。


『美穂おはよ』


正樹からだった。


『おはよう、朝からどうしたの?』


『今日は暇かなと思って暇なら会いたいなと思って』


正樹は素直に言ってくれる。傷ついた心を癒してくれるみたいに。


『今日は暇だけど彼は家にい』


ガチャン

文字をうっていると彼が寝室から出てきた。


「おはようございます真一さん。朝ごはん用意しますね」


「いや、大丈夫、すぐに出るから」


そう言う彼は急いで洗面所で顔を洗うとまた寝室に戻り次に出てきたときはスーツを着ていた。


「会社でトラブルがあったらしい、遅くなるからご飯もいらない」


「わかりました、行ってらっしゃい」


返事は帰ってこないまま彼は会社に向かった。

彼は夜は遅くなると言った。それまで私は自由の身だ!

私は先ほど打っていた文章を消し、


『わかった、今からそっちに行くね!』


私は寝室に戻り服を着替え直した。



ふふふ〜ん♪

メイクをする時鼻歌を歌っている自分に気づき恥ずかしくなった。

こんなに醜いのにはしゃいぐなんて馬鹿みたいだ。

でもいいんだ。今だけは、ね。

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愛の像 平田ゆう @hiratayu

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