前々々々世の記憶
ふと、前世の記憶を思い出した。生命の危機には走馬灯のように過去の記憶が浮かんでは消えるというが、そんな感じだ。
時間が巻き戻るように、過去に記憶が遊離していく。この体では体験したことがない情景が目の前に浮かぶかのようだ。
そう、前世は普通の農民で平和に暮らし、家族を作り年老いて死んでいった。これは役に立たない。さらに記憶は前世にさかのぼる。
さらに前の人生は、昆虫を研究している学者で、生涯独身だった。これは役に立つかもしれない。しかし、まだ足らない。
さらに過去の記憶が呼び覚まされていく。どこか別の星で見知らぬ軟体生物のような体を持っていた。地球でいうならタコとイソギンチャクを混ぜたようなその種族は寿命が長く、住む星と一緒に最後を迎えた。さらに時間の巻き戻しが早くなる。ものすごい速さで何万もの人生の体験を突き抜けていく。
機械の体になったこともあったが、その体は失われてしまった。そうどんな体でも魂はやどるのだ。
さらに前の世にさかのぼる前、今まで経験したすべての人生の終わりよりさらにどうしようもなく速い速度で、自分を踏み潰すための靴の底が近づいてくる。
前世の記憶で、いや前々世だったかかもしれないが、知覚できる靴の形状から名前はハイヒールと分かった。さらにおぞましい粘着物が付着していた。おそらくあれはガムという人が噛む食べ物だ。おそらく自分を踏み潰す前に踏んだのだろう。何の役にも立たない前世の知識だ。
今の自分が緑色をしたちっぽけな虫だということはわかっている。かつての昆虫学者だった記憶で学名までわかった。これも役に立たないものだ。
実際は速いはずだが、知覚はゆっくりと処理されていく。この虫の動態視力は人のものより上回る。かつての昆虫学者だったころの実験結果を思い出した。
さらにハイヒールの踵の底が近づいてくる。全身に衝撃が走った。
結局、この状況から逃れる方法は今まで経験したすべての人生になかったのだ。虫の体だからか、恐怖はない。
ぷつりと意識が闇に沈んだ。次の来世は……なくてもいいかもしれない。
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