助けられへんかったんや

 会社の行き帰りに地下道を通る。

味気もないコンクリートでできた地下道で、人が数人行き来できるくらいの幅で、自転車は下りて歩くよう立札もたっている。

地下道を抜けると駅前に出る。

何やら怪しい事件があったらしい地下道は避ける者もいて、人はまばらだった。

天井の電灯は明滅し、朝でも薄暗い。

壁にボタンが設置されていて、何かあったら押すように書いている。

ふと、歩いていると壁にもたれかかるように白髪頭の男が、下を見ながら何かつぶやいていた。

通り過ぎるときに耳をすますと、

「助けられへんかったんやぁ」

とつぶやくように何度も言っている。

他の通りすがりもいたが、気にせず通り過ぎて行った。

出勤前なので急いで通りすぎる。


帰りにも同じ人物がいて、同じことをつぶやいていた。

気になったので、どうしたのかと問いかけてみる。

こちらを男がみた。

焦点が合わない目つきでこちらをみた。

口の端には泡のように唾液がにじんでいる。

ニタリと男がこちらを見た。

「助けられなかったのはアンタだよ」

そういえば、自分はここで刺されて死んだことを思い出した。

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