気力

山桜笛

気力

 「おはようございます。今朝のニュースです。昨夜、都内のアパートで二十三歳と思われる男性が、首から血を出して死亡しているのが発見されました。警察はこれを、自殺と見て調査しています。」

 今日は平和だな。こんな自殺と思われるものもニュースでやるなんて。

「続いてのニュースです。今月の一七日に起きた強盗事件容疑の疑いで逮捕された―――」

 俺はそこでテレビを消した。時計を見たら、もう家を出なければ行けない時間になっていた。さっさと身支度をして家を出ないとな。

 急いで歯を磨きスーツに着替え会社へ向かった。今日は好きな作家の新作発売日だ。早く仕事を終わらせて、帰りに買うことにしよう。今日はそれを楽しみに一日頑張ることにしよう。

 その日は、特に大きなハプニングなどもく定時に上がる事が出来た。

「お先に失礼します。」

 よし。早く家路につくことが出来る。今日は運が良いのかな。

 俺は本屋に行って、欲しかった本を買った。

 家に着く頃はもう夜の十時を回っていたやっぱり家から会社が遠いのは結構つらい時がある。それに最近は良いことがなかなかなくて気持ちが沈むことが多い。


 家に入り電気をつけると、当たり前だが家の中には誰も居なく静かな空気が流れている。それを無理矢理切り裂くように俺はどたどたとリビングに入り、小さなクッション上に腰を下ろした。 夕食を自分で作るのは面倒なので、最寄り駅にあるコンビニで売り残っていた唐揚げ弁当を買った来た。

 家に帰ってきたら、思っていたよりも体が疲れていたようで、弁当を食べるための箸をキッチンに取りに行くのも億劫になっている。

 体がだるいので、手を伸ばすと届く場所にあるテレビのリモコンをとって適当にチャンネルを回した。結局まわり良い番組はやっていなく、しかなくニュースを見ることにした。そのニュースでは今朝やっていた、自殺したであろう男の話をしていた。


 俺は最近、生きていても死んでいてもどうでも良いんじゃないかと思うことが、しばしばある。ここ数年いい女に出会うこともないし、大学時代の仲が良かった友人ともあまり連絡を取っていなく、何でも気軽に話せる相手が居ない。

 別に死んでいてもいいと思うから、今から死んちゃおっかなー。なんて事は思わない。でももし、痛みを一切味合わないで死ねるのなら・・・いいかなーなんて。   

 一人でこんなことを考えていると、どんどん暗い何かの底に落ちって行ってしまう気がして、「こんな 事を考えていても何も良いことはないぞ。」と自分に言い聞かせて頭を切り換える。


 次の日は、日曜で会社は休みだった。俺は昨日買った本を持って、家の近くにある喫茶店に足を運んだ。

 そこの喫茶店はとても落ち着いた雰囲気で、ちょっと可愛いウエイトレスがいる。

 俺はカウンター席に座り、ミルクティーを頼んで本を開いた。しばらくすると美味しそうな色をしたミルクティーが自分の前に置かれた。その自分の前に伸びてきた手をみて俺は少し嬉しくなって、俺は顔を上げた。

 あ―やっぱり。いつものちょっと可愛いあの子だ。

 俺が顔を見るとその子は少し口の端を上げて俺に向けて、笑顔を向けてくれる。嬉しい。

 その子はすぐにカウンターの中に戻ってしまったけれど、それで十分だった。


 それから、俺はゆっくりとミルクティーを口に運びつつ本を読んで、この静かなで落ちつく空間を楽しんだ。

 あと少ししたら店を出ようかなと思っていたところ、俺との間に席を1つあけて若いカップルがカウンター席に腰をかけた。

 そのカップルは、揃ってチーズケーキを頼んだ。

 俺は知らないうちに、そのカップルの話に耳を傾けていた。


「でねその友達が今度のライブに行くんだってーいいよねー。私も行きたかったなー。」

「うん」

「でもね!今度発売するアルバムのサイン入りを友達が行くライブで限定発売するんだって。 そんで、サイン入りアルバムを私の分まで買ってきてくれるの!」

「へー それは良かったじゃん」

「あとね―――」

 俺は気になる事があった。それは横に居るカップルの男があまりにも素っ気ない答えをずっと返しているのに、女の方はずっと笑顔を絶やさず楽しそうに話をしているのだ。

 不思議だと思った。

 もし相手がそんな素っ気ない態度で自分の話を聞いていたら。俺は、もう嫌になって怒ってしまう所だろう。

 なんだか、自分の心の狭さを思い知らされたようで気持ちがブルーになってきた。

 俺に合う女はいないだろうな。もう今年で三十になるし、このまま、だらだら生きていくのかな。

 皆死ぬのが怖いなんて言うけど何が怖いのだろう。俺には分からない。

「そうなんだよー!!もう私悲しいの、なんで解散なんてしちゃうんだろー もう新曲が聞けないなんて悲しすぎるーー。」

「あ 好きだったもんね――」

 いきなり女のほうが大きな声を出したので驚いて思考が停止し、会話が耳に入ってきた。


 それを聞いて俺は、ハッと気づいた。

 そうか!死ぬのは痛みがあるとかそういうのが怖い訳ではなく、好きな物がもう見れないかもしれない。好きな物がもう聞けないかもしれない。という不安からくる恐怖なのかもしれない。

 俺はよく分からないが嬉しくなった。心が軽くなった。良かった。自分はこれで良いのだ。ほっとした。

 よく分からない感情が溢れてきた。自分の考えで答えをだしてそれで喜んでいる奴なんて、寂しいやつって思われるかもしれないが。


 それに気づいたあとの俺は、会社から家に帰ってきて部屋の電気をつける手に何のためらいも変な力みもなかった。

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気力 山桜笛 @torotoro44

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