終戦闘

 帰るまでに何かあるかと心配していたけど、特に何もなかった。

「よし、森を抜けることができたな」

 鬱蒼とした森も終わり、Aさんも安心したような声を上げた。さっきまでの重い空気もない。思わず、安堵のため息が出た。

「お疲れ~。何はともあれ、Fクンの初仕事も終わりだね。早く街に戻って、しっかり休もうね」

 Cさんが声を掛けてくれた。腰には、魔物の牙や爪がたくさんぶら下がっている。

「あげないよ~」

 笑って去っていった。

「君は、何も持ち帰らなかったのかい?」

 今度はBさんが近寄ってきた。不思議な形をした果実の入った袋を抱えている。

「ええ。というか、いつの間にそんなものを?」

「あー、初めてだったら、あんまりそういうのも分かんないか。今回みたいな駆除依頼を受けたらね、仕事の終わりごろに倒した魔物から使えそうな素材を持ち帰るんだよ。あとで売れるから。ほら、みんな持っているだろ?」

 言われて他の人を見渡したら、確かに途中まで持っていなかった荷物が増えていた。Aさんは何枚かの毛皮。Dさんは狼のような魔物の死体丸々一個。リリィはスライムの核を鞄に詰めていた。

「持ち帰らなければいけない、ってルールもないんだけど。せっかく命がけの仕事をしたあとなんだから、ちょっとぐらいはご褒美が欲しいだろ?今度からはそういう知恵も知ったうえで森に来なよ。彼女も色々知っているはずだしさ」

 Bさんはリリィを指し示しながらそう言った。確かに、今日は緊張していたけど、二回目からはそんなこともないだろう。もっと余裕をもって行動できるかも。

「じゃ、そろそろ帰る頃だろうし、Eちゃんから魔法掛けてもらっおっか」




「はい、これでしゅーりょー」

 何度目かの、不思議な感覚。僕が最後で、全員に魔法が掛けられたから、すぐにでも町に戻るだろう。

「いやー、やっぱり助かるなあ」

 軽く運動していたAさんが、しみじみと言った。

「普段は、帰りは野宿か消費魔道具を使ってだからな。行きと同じようにさっさと帰れるのは楽だ。なあ、C。お前も魔法使えるようになれよ」

「今から?何年かかると思ってるのさ。無茶言うなよ~」

「ははは、それもそうか。帰るぞー」



 行きはよいよい、帰りは恐い。だっけ?むしろ逆で、行くときは恐怖でいっぱいだったけど、帰る今となってはずいぶん気が楽だった。体は疲れているはずなのに、特につらくもなかったし。

「ステータスが上がったりしたんじゃない?」

「あ、そうかも。あとで確認しようかな」

「え、そんな簡単に確認できるの?」

「いや、まー、今度やろっかなって」

「ふーん、そう」

 帰路の途中で、リリィとそんな会話をした。ステータスって、僕以外の人はどうやって確認しているんだろう?全員が神から貰ったノートを持ってるはずがないし。




「はい、到着。お疲れさん」

「ありがとうございましたー」

 街の門の外で、Aさんから解散の号令がなされた。

「お前らが成年済みだったら、これから一杯とでも行くんだけどな。お子様たちは早く家に帰りな」

「はーい」

「また別の仕事で出会ったらよろしくな」

「はい」

 街に入ったら、そこで四人とは別れた。これからしかるべきところにお金を貰いに行って、ついでに持ち帰った素材を売って、ホントに居酒屋に行くらしい。元気だなあ。

「そういえば、僕たちの報酬はどうやってもらうの?」

「グレイさんが受け取る手はずよ。あんたは今月初依頼だから、ほとんど家賃に取られると思うけど」

「そっか」





 馴染みの建物が見えた。

 ドアを開けると、鈴の音がする。

「おかえりなさい。リリィさん、一心君」

 グレイさんが出迎えてくれた。

「ただいまぁ」

「無事に帰りました」

 ドアの音を聞いて、二階からみんなが下りてきた。

「おかえりー」

「やあ、怪我もないようだね」

「うっす、ちゃんと働けたか~?」

 三者三様の言葉をかけてくれた。温かい。いつもの感じだ。

「あー、なんか今になって急に、疲れたーって思いました」

「そうですか。たくさんご飯を食べて、今日はもう寝なさい」

「はい」

 机の上に、どんどん美味しそうな料理が並べられていく。空腹も感じ始めた。




「ご馳走様でした」

「はい、今日は一段と良い食べっぷりでしたね。初仕事は大変でしたか?」

 食べている間は会話をする余裕がなかったから、食後にグレイさんが聞いてきた。

「えーと、リリィや一緒に仕事をした四人の人がサポートしてくれたので、そんなに危ないこともなかったです。途中からは結構慣れてきたし」

 僕の言葉に、年長組は微笑ましそうな顔で頷いた。リリィは首をかしげながらも、黙っていてくれた。後半だって情けない行動はあったけど、見逃してほしい。

「それでは、命を奪うことは大変でしたか?」

 グレイさんは笑いながら、優しい声でそう続けた。優しい、でも厳しいその質問に、僕はすぐに答えることができなかった。

「…………はじめは、剣を抜くのも正直怖かったです。でも気付けば、モンスターの気配を感じたらすぐに剣を抜けるようになってました。何度斬ったのか、覚えていません。動かなくなる瞬間も、数えきれないほど見ました。大変だったかどうか、という質問の答えは。そうですね、自分より強い命は不可能でしたし、同じくらいの命は難しくて、弱い命は簡単でした」

 顔を上げられない。所在なく、テーブルクロスの端を弄ぶ。なんて言われるだろうか。

「そうですか」

 グレイさんが口を開く。いつも通りの、優しい声。

「それでいいんじゃないですか」

 それは、僕の予想していた答えじゃなかった。でも、僕の欲しかった言葉だった。

「ていうか、スライムと植物しか斬ってないじゃない。罪悪感なんか感じないでしょ。普通の生物みたいな姿をしたやつだと、ちょっとためらうかもしれないけど、さ」

 リリィも、いつもより優しい声。冷たくなった指先に、少しだけ熱が戻る。

「ま、そういう話は俺にはよくわかんねえけどよ。人のために仕事をしてきたんだろ、胸張ればいいじゃねえか」

 ギレンさんも、そう言って僕の肩を叩いた。

「はい」

 グッと、拳を握りしめる。普段よりも自分の力が強くなっているような気がした。本当にステータスが上がったかもな。

「割り切れ、とは言いません。そうなるべきでないと、私も思います。でも、あなたは罪を犯したのではありません。自分なりの答えを、ゆっくり探しなさい。何回でも、温かい料理を作って労いますよ」

「はあ」

 手を開く。赤くなっていた。僕の体の中には血が流れている。

「取り敢えず、今日は部屋に戻りなさい。意地悪な質問をしましたね、すみません。あとでお湯とタオルを部屋に持っていきます。よければ使ってください」

「はい。それでは、失礼します」



 部屋の中の様子は、朝と同じだった。当然、ノートも同じ。

 ずっと持っていた鞄の中から、他の文房具を出す。シャーペン、消しゴムとそれを包む紙切れ、定規。横に並べる。最近はこっちの世界に慣れてきたから、日本によくあったタイプのものに似ているこれらの道具の方が違和感がある。

 ノートを手に取り、手頃なページを開く。

「『ステータスオープン』」

 ああ、確かにステータスが上がっていた。

 もういいや。

 剣、下に置いてきてしまったな。重かったから、無意識の内に取ってしまった。取りに行った方が良いのかな、少し面倒だ。明日にしよう。

 ベッドの上でシャーペンを触る。今日は森の中で‟理解”の文字を書き込んだ。もう、今日これを使う必要はないはずだ。

 明日は何をしようか。剣の練習も続けないと。次の依頼はいつだろう。眠い。









 いつのまにか寝ていた。窓の外に星が見える。音が聞こえた。どこかで聞いた音だったけど、忘れた。

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