初戦闘

 木の陰からソイツが出てくるのと、僕が気配を感じるのは同時だった。この森に入ってから感じていた重い何かが、ソイツの存在に押されるように僕を圧す。もっと研ぎ澄ませば、視認するより早く感じることができたのだろうか。それなら、周りの人たちの様子にも納得できる。

 ソイツは、狼に似ていた。ただし、地面に着くほどに長い牙が二本、歪に光っていた。

「獣系……?」

 リリィが一層強く僕を引っ張って、完全に隠そうとする。

”獣系の魔物が襲ってきたらほかの人に任せましょう”

 グレイさんのアドバイスを思い出して、せめて人の足を引っ張らないように、自衛のためだけに剣を抜く。一晩寝ても、覚えたことは忘れていないらしい。相変わらず、しっくりくる。この魔物が、昨日聞いたタイプのものだったら、体に覚えさせた情報が役立ったのに。大人しくしておこう。


「フンッッ、っと、アブね」

 Aさんが構えた大剣を振り下ろした。僕なら持ち上げることも困難そうな剣を、Aさんは軽く振り回している。魔物の方がそれより速かったが。

「シッ、あらら」

 美形なのにどこか影の薄いBさんも、すぐに参戦した。僕と似た剣を構えているが、ノートを使ってズルをした僕よりも、遥かに綺麗な剣筋だった。捉えたかのように見えたのに、魔物は右に跳んで躱した。あれだけ長い牙を引きずっていながら、速い身のこなしだ。

「よーこそ。ん、今度はそっちか」

 四人の中で一番細身のCさんは、魔物が逃げる方向がわかっていたかのように待ち構えていた。両手に持ったナイフで迎え撃ったが、結局避けられる。

「っしゃあ。喰らえっ」

 魔物が真正面に向かってくるのに、Dさんは一向に武器を抜かない。よほどスピードに自信があるのかと思ったが、大きく振りかぶった拳に嫌な予感がした。よく見ると、手に金属の装備を付けている。魔物にとっても予想外だったのか、これまで全ての攻撃を避けた魔物がDさんのパンチだけはもろに当たった。あまりの衝撃に右の牙にひびが入っている。逃げるように更に跳んだ。

「って、こっちに来る!?」

 自分では見ることしかできない戦いに、すっかり見学気分でいたら急に舞台に上げられた。肩が強張り、思うように動けない。せめてリリィを守らないと……。

「火魔法『ファイア』」

 リリィの構えた杖先から、火が吹き出した。50㎝はあったその炎に、魔物は勢いそのまま突っ込んでいった。完全に火の中に入る前に後ろに跳んだが、鼻先は焦げたようだ。というか、この魔物逃げてばっかりだな。

「おかえりさん、ッラァ」

 Aさんが、もう一度大剣を縦に振り下ろした。火から逃げることにばかり気を取られ、周囲の状況がわかっていなかったのだろう。バックステップのままAさんの方に突っ込んで、そのまま両断された。辺りに血の臭いが立ち込める。二つになった体にそれぞれ二本ずつの足が、僅かに痙攣している。結局、あの長い牙をどうやって戦いに使うのかわからないままだったな。



「Eちゃん、毛皮いる?」

「いえ、必要ありません」

「この牙は硬いし、何かに使えそうだけど、邪魔だね」

「あー、別にいらねえだろ。似たような素材なら結構あるし、それよりそんなの持ち歩いて戦いの邪魔される方が面倒だ」

「だね」

 戦いの後は、Cさん主導で解体が行われた。毛皮や牙など、素材になりそうなものをはぎ取っていくが、その尽くがいらないと結論付けられた。

「肉は?」

 なんとなく疑問に思って、聞いてみた。

「とてもじゃないが、食わねえな。そもそも、肉食獣の肉もあんまり食べねえだろ?それよりさらに固くて臭みがあるからな。非常時だと別だが、好んで食べる奴はまあいないだろ。今回の仕事は日帰りだから、わざわざ食う必要もないしな」

 Aさんが答えてくれた。そんなものなのか。

「はーい、燃やしまーす」

 バラバラにされた死骸も、もう一度集められて、リリィの火魔法で燃やされた。あっという間に灰になって、元は一応生物だったことなんてわからなくなった。

「やっぱり便利だな、魔法って」

「まあ、人類の叡智ですし……。疲れますけど」

 魔力?ってのを多く使ったのか、リリィがとても疲労したようだ。休んだ方が良いと言おうとしたけど、リリィが先頭に立って歩いて行ってしまうから言えなかった。これくらい平気なんだろうか。



「次来たね」

 しばらく歩きながら、雑談に参加しないで集中していたら、今度は目で見るより早く存在を認識できた。

「この音、嫌~い」

 リリィがぼやいた。僕もその意見に賛成だ。ベッチャベッチャと水っぽいものが地面にたたきつけられる音、ズチッズチッと異物が這いずる音、ミチャミチャと何かがぶつかり合う音。溢れるほどに音が襲ってきて、耳障りだ。

 多分、スライム系の魔物。小さいころに作ったスライムで遊んでたときの音に似てる。

”ちょっと時間を掛ければ、きっと簡単ですよ”とグレイさんも言っていたし、今回は戦いに参加できるかな。

「FクンFクン」

 Cさんが、ナイフを手に持ちながら声を掛けてきた。

「なんですか?」

 ちょっと不安そうな顔をしていて、こっちも不安になる。

「今回のは、さっきの狼もどきよりも厄介そうだ。完全に守り切れるとは思えない。ホントは心配だけど、戦いに参加してくれ。小さいのだけ、相手してくれたらいいから」

「え、はい。最初からそのつもりですけど」

「おや、そうだったのか。なら、失礼な気配りだったかな」

 少し笑って、Cさんが元の場所に戻った。スライム系は弱いと聞いていたけど、何がそんなに心配なんだろう?




「なるほどね……」

 そこらじゅうが水色になった森を眺めながら、Cさんの言わんとしていたことを理解した。

 視界全てを埋めるほどのスライムが、一斉に襲い掛かってきた。襲い掛かるといっても遅々とした動きで、近くにいるのから対処していって、十分間に合ったけど。

 ほとんどが拳大の大きさで、二個か三個に切り分けたら動かなくなった。稀に頭ほどの大きさのスライムもいて、そいつの中には深い青の石のような何かがあった。ちょっと深く切り込んで傷をつけたら、それだけで動かなくなった。剣がぬめぬめと光り出したが、まだまだ終わらない。

 他の人たちも、それぞれ忙しく対応していた。

 Aさんは、何故か際立って大きいスライムに切りかかっている。190㎝はありそうなAさんも見上げるほどの大きさだ。あの大剣で切りかかっているのに、核にはかすり傷しかついていない。倒すこと自体は問題なさそうだが、時間がかかりそうだ。

 Bさんは……、Aさんと一緒に戦っていた。一瞬気付かなかったな……。僕の方から見て丁度反対側から、大スライムに切りかかっている。一撃では核を覆うスライムを少しへこませるだけだが、連続して切ることで少しずつ体積が減っている。案外、一撃が強くても遅いAさんより早く倒すかもしれない。

 Cさんは、僕と同じように小さなスライムの掃討にかかっているようだった。両手を鞭のように振るって、手に持ったナイフでいくつものスライムを切り伏せている。核持ちも何体かいるが、流れるように処理をしている。足元に落ちた残骸から見るに、僕の倍は倒したようだ。

 Dさんは、意外と苦戦していた。柔らかいスライムに打撃を与えるだけでは暖簾に腕押し、大したダメージを与えることはできないから、近くにあった木にたたきつけているらしい。ついでにその木に張り付いていたスライムも弾け飛んでいるが、それでも効率が悪くて苛立っているようだ。あ、また使っていた木が倒れた。もう五本目だ。Dさんの足元には、スライムの残骸よりも倒木の方が目立っている。


 段々慣れてきて、近づかれても慌てることなく倒せるようになった。足元のを払って、木にくっついているのを切る。剣を左手に持ち換えて、右手を軽く振る。剣を振り過ぎて、だいぶ痛くなってきた。脱力~。シャーペンを使って、筋力を上げようかな。今はそんな暇ないか。

 あれ?リリィはどこだ?

 あ、ちょっと離れたところで立っている。



「スゥッ………………、どいて!」

 リリィが目を閉じて、そのあとカッと大きく目を見開いた。

 僕が困惑している間に、四人は脇に逃げた。近くにいたDさんの小脇に抱えられる。

「お前軽いな。駆け出しのときは金が足りねえかもしれねえが、メシだけはちゃんと食えよ?」

「はあ」

 軽口を叩きながらだけど、かなり本気のスピードだった。


「火魔法『ファイアボール』!!」

 その魔法は、僕が知らない魔法だった。リリィの杖先から出て、球状の炎となって飛んでいく。他の魔法は放たれた後は距離に応じて威力が弱まるのに、その魔法にそんな気配はない。ただ一直線に飛んでいって、スライムたちが集まる地面の中心に着弾した。

 森に轟音が響き、熱気が顔に当たった。あっという間に消えたけど。



「いやぁ、こりゃすげえや」

 Aさんが、呆れたような声を出した。つい数瞬前にできた空き地に立って。

「頑張りましたから……」

「あれだけいたスライムも、跡形もないね」

 Cさんも、愉快気な声を出した。

 本当にすごい。すでにそれなりに倒していたとはいえ、まだ大小合わせて数百のスライムがいたはずだ。それを全部倒してしまうなんて……。Aさんたちのような戦いは、頑張って頑張って強くなったらできるかもしれないけど、リリィのような魔法は……、多分無理だろう。

「今のは前衛ありきの戦い方。私一人だったら、たとえ時間をかけてもあのスライムたちに勝つことはできなかったわよ」

 リリィが、僕の肩をポンと叩いた。

「そうだな。よし、まだまだ魔物はいるだろうから、気合い入れていくぞ」

 Aさんが指揮を執って、僕たちはさらに森の奥へと進んでいった。

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