ユタリカ城下街

いざ城下街

 あれから少なくとも、48時間経過した。



 時計なんてないけど、判断材料はある。



 例のシャーペン。

 豆知識その一の注意書きで、効果時間24時間と明かされたアレ。



 



 以下回想。



 歩き出してから程無くして、空腹感を感じた。



 最後に何か食べたのは、確か終業式後の昼食か。

 あの時もそんなに食べていないから、空腹を感じるのは寧ろ遅い位だった。



 何はともあれ、シャーペンを取り出した。

 

 今度は腹の辺りにシャー芯を当てて、

”満腹”と書いた。



 満たされた、とは感じなかったけど、空腹は消えた。

 

 

 回想終了。




 という流れを二回して、今も空腹を感じている。

 24時間×2=48時間。

 



 満腹と書くのも三度目。

 慣れない手首の向きだけどそこそこ綺麗な字で書けた。

 文字として残るわけではないから、関係ないけど。



 



 因みに、他の文字も色々書いた。

 ”回復”、”暗視”、”不眠”、等々。

 喉の渇きもあったけど、それっぽい単語が思いつかなかった。

 それに関しては、喉に”潤”と書いたらどうにかなった。







 これからの方針について、あの神のことは嫌いだけど、貰ったアイテムは使うことにした。


 都合のいい奴だと言われるだろうし、自分でも思うけど、生きるためには仕方なし。


 精々、これをうまく使って、あいつを追い詰めよう。






 何はともあれ、自分に”無心”と書き込んだかのように何も考えずに歩いていたけど、ようやくこの旅のゴールが見えた。

 何もない草原のようでいて、意外と地形的な起伏が大きいから、大変な旅だった。


 幾ら辛くても、シャーペンで無効化してたけど。





 地平線に薄らと何かの影が見える。

 見え始めたときは、山のようで憂鬱だったけど……。


 多少近づきよく見てみると、どうやら人工物のようだった。



 進路上、まっすぐ前にある。

 



 うっかり神に感謝しそうになった。


 

 嬉しい。ようやく着いた。疲れた。





 と、ここで休憩。

 シャーペンドーピングのおかげで、休む必要はないけど。



 思考開始。



 あれは何だろうか?

 おそらく、壁。

 何の壁だろうか?

 町、であって欲しいし、その可能性が高い。

 このまままっすぐ行くか?

 不自然では?

 ならどうする?

 なにか、あそこに行くための道があれば。

 確かに。

 道に沿って歩いてきたように装いつつ。

 では、そうしよう。



 思考終了。








 そこからは、進路をほんの少し変えて歩き出した。

 具体的には、45度程、右に進路を傾けた。

 理由は簡単。町に近づきつつも、どこかにまともな道がないか探すため。



 



 さっきから道を探そうとしているのは、スムーズに街に入るため。

 壁に囲まれている以上、入れる場所が限られているだろうから、入り口に直通で行けるような道を探したいし。


 全く見当違いなところから町に近づいて、警戒されても面倒だ。

 延々と草原しかない場所から、手ぶらの男子高校生が歩いてきたら、絶対警戒される。



 



 意外と近くに道はあった。

 進行方向を変えてから、大体1時間で見つかった。




 自分の時速さえわかれば、三平方の定理を使って……。



 簡単な計算問題が思い付き、思わず解こうとしたけどやめる。

 二日も机に向かっていないんだから、禁断症状が出ているのかもしれない。

 今更、勉強する必要もないのに。




 かなり大きい道だった。

 多分、普段は貿易とかに使われているのだろう。



 アスファルトではない。

 一応整備されているし、草は生えていないけど、土の道だった。

 

 段々と見えてきた壁の全貌から鑑みても、文明レベルは低いだろう。





 異世界とか、魔法とか、アイツが言っていた単語に引っ張られて、前の世界と同じような科学文明は想像してなかった。

 まあ、合っていたのかな。

 具体的にどれほどの文明なのかはわからないけど、元の世界に置きなおしたら、多分産業革命以前かなあ?

 根拠なしの勘だけど。







 ふと。

 急に足が痛くなった。

 汗もどっと出てきた。

 息も荒くなる。

 


 倒れこんだ。





 ああ。

 効果時間は24時間。

 ”回復”の文字の効果が切れたんだろう。



 顔を歪ませながらも、シャーペンを手に取る。

 有り得ない位に手が震えていたが、何とか書き込む。

 

 回・復。




 スゥゥゥゥゥゥゥっと、疲労が消えていった。


 さっきドーピングという言葉を使ったけど、かなりいい表現だったんじゃないかと思うほど、極端な効きだった。






 体は万全になったけど、休憩をはさむ。

 道の端っこに体を落ち着けた。

 48時間、ほぼ歩きっぱなしだったことと比べると、短時間で休みすぎな気もするが。

 まあ、いいだろう。


 

 ここでもう一度、考える時間を設けよう。

 議題は、あの壁の中にどう入るか。


 

 ああ……。


 うん……。


 成程……。


 いや……。


 だとしても……。


 確かに……。


 だったら……。




 OK。

 中々良さ気な案ができた。



 となれば、これは何と言えばいいのかなあ。




 ”納得”、”許容”、”傍観”。

 見方を変えて”無視”でもいいかもしれない。

 それは”無能”か。

 いっそ”透明人間”みたいな。

 あえて”馬鹿”になっていこうか。


 まあ、ここは”許容”しよう。





 そんなことを考えながら、歩き出した。



 歩き出してから、シャーペンを使って自分に”理解”と書いた。

 最初に書いて以降、”理解”は書いていなかったため、とっくのとうに効果は切れている。

 確か翻訳の効果もあるらしいし、町には入るまでに準備していないと。




 目算、二時間も歩けば着きそうだけど、それはどうか。


 あんな遠くまで歩くことなんて、今までそうそうなかったから、正確な時間予測はできないけど。















 そして2時間後。




 かはわからない。

 


 時計持っていないし。


 あれからかなり近づいて、視界一杯に、壁が広がっている。

 それなりの大きさだとは思っていたけど、想像以上に大きい。



 道なりに歩いていたら、予想通り入れそうだ。

 壁に真四角の穴が開いていて、人のような影が見える。

 街門っぽい。




 更に歩き、いよいよ町まで五分の距離に来た。


 門番らしき人影が、慌ただしく動いている。

 他に人はいない。



 門番は二人。

 こちらに何か言っているようだ。




 文明レベルの違いを予想していた以上、警戒されるのはわかっていた。



 だって僕の服、あの日のままの夏服だし。

 土の道がメインロードな世界で、日本の制服は馴染まないだろう。



 対して門番二人の服装は、なんだっけ、あれ?

 えーと、鎖帷子?頭には、西洋風の兜?胸当てみたいな鉄板は前面につけてる。あ、二人とも帯剣だ。

 まあ、西洋の兵士っぽい感じかな。騎士ではなく。




 住む世界が全く違う服装で、残りの距離100mを切った。


 さっきから「止まれ」と警告はされているけど、関係なし。


 これでも一応、敵意がないアピールでホールドアップはしている。

 意味が伝わるとは、微塵も思っていないけど。


 それでも、向こうはパニックになったように騒いでいる。


 「止まれ」「聞こえているのか」「来るな」「やめろ」


 訳が分からない格好をしているとは言え、体のできていない高校一年生。


 切りかかるほどでもなく、応援を呼ぶ必要もなく。 


 だから、持ち場から動かずに警告だけで終わらしているのだろう。



 関係ない。

 さあ、行こう。



 二人の門番は、右が年配で左が若輩って感じだった。


 立ち振る舞いも右のほうがよっぽど落ち着いている。



 あえてゆっくり歩いていたけど、前に進んでいる以上、両者の距離は縮まるだけだった。


 お互いの距離が、大体20mを切った辺りで。


「抜刀!」


 向かって右に立っていた門番が声を上げた。

 瞬間、二人一斉に、剣を鞘から抜く。


 中段に構えられた剣は、真っ直ぐ僕を捉えている。


 それでも少年相手に切りかかろうとは思わないのか、前には踏み出しては来ない。


 自分の運の良さに内心ほくそ笑んだ。




 距離、5~10m。



イケル



 それまで牛歩の歩みで近づいてきた人間が、急に走って迫ってきたらどう反応するべきか。


 どれだけ頭でわかっていたり、普段から訓練したりしていても、虚を突かれるのは間違いない。

 特に、相手の正体が不明だった場合。

 特に、ただシフトが入っているだけの、平和ボケした一日だった場合。



 なんにせよ、幸運!!




 走る、駆ける、奔る。


 



 あっという間に、目の前まで詰める。


 ここまでくると悠長なことを考えていられないのか、右の門番が剣を振りかぶった。


 それよりも早く、こちらの方が動けた。




 ホールドアップの間から、ずっと右手に持っていたシャーペンを門番に突きつける。


 ”許容”と書き込む。


 書き込まれた方の右の門番は、急に敵意をなくしたように剣を収めた。




 左の門番は慌てていたが、相方が何かされたのを見て意を決したのか、剣を構えたまま駆け寄ってきた。


 中段に構えた剣がぶれているように感じたが、




「『袈裟切り』っっっ。」




 剣の位置からして、袈裟切りはおかしいだろうと思っていたら。


 

 急に斜め上の位置に剣が移動した。

 移動した、としか言えない程に、変な動きだった。

 刹那、剣が嫌な光を出していたような気がした。




 右と左の門番は、結構距離があるから大丈夫だろうと高を括っていたが、間違いだった。


 泡食って、思わず左手を掲げる。


 それで止めることができるはずないから、ただの反射運動みたいなもので、意味がない行動だったけど。



 恐怖に目を瞑っていたら、いつまでも痛みがこなかった。

 左手に一瞬、衝撃があった気がしたんだけど。





 恐る恐る目を開けると、見当違いな場所に剣が落とされていた。

 地面半ばまで、剣身が埋もれていた。

 若い門番の男も、それに引っ張られて、かなり間抜けな姿になっていた。



 中段ど真ん中から、斜めに切り下したらあんなことになるかもしれない、となんとなく思いながらも。



 驚きで動けなくなっている男に、”許容”と書き込んだ。


 落ち着きを取り戻した門番は、冷静に剣を抜き取り、汚れを取ってから鞘に戻した。





 色々あって、肉体的には兎も角、精神的に疲れたから三回目の休憩。

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