外伝

外伝之壱 勇者に卑怯者と呼ばれた剣士

「何故、俺が除名されなければいけないんだ?!」


 流浪の剣士カンツは俄に騒がしくなった一角に目をやった。

 酒も肴も美味くてその上勘定も安いこの酒場は夜ともなれば盛況となるのであるが、冒険者や酔客達の笑い声をも上回る怒号に場はシンと静まり返る。


「ブリッツ、今まで我慢してきたけど今日という今日はもう我慢の限界だ! キミのような卑怯者はボク達の仲間に相応しくない! さっさと出て行ってくれ!」


「卑怯? 何の話だ? 俺がいつ卑怯な真似をしたというんだ? 俺はパーティーに入ってから常に前衛として恥ずかしくない戦いをしてきたと自負している。勇者ブリーゼの仲間として正々堂々と戦ってきた俺にどんな落ち度があったというんだ?!」


「分からないのか? いや、それが当たり前になっているくらいだから、やっぱりキミは卑怯者なんだよ。兎に角、みんなで話し合って決めた事だ。黙ってボクのパーティーから立ち去ってくれ」


 勇者と聞いて顔を見れば確かに覚えのある顔がいくつも見える。

 新進気鋭の冒険者パーティーで若手ながらも実力者が揃っていた。

 勇者と呼ばれていたが、その名の通りブリーゼは勇者の称号を与えられている。

 世界は今、双子の魔王との異名を持つ魔族によって侵略を受けていた。

 その力が強大であるのは云うまでもないが、何より彼らが率いている軍勢の物量こそが最大の脅威であるとカンツは分析している。

 一度 ひとたび侵攻を開始すれば百万にも及ぶ魔物の群れが村や街ばかりか国ごと飲み込んでしまうのだ。

 国が灰燼に帰すと魔界と呼ばれる暗黒の世界より魔族が現れ、瞬く間に新たな魔族の国として再興して領土を増やしていく事を繰り返している。

 ただ一つの国を滅ぼすと次の国を襲うのに半年以上の空白期間があるのだが、これは国の再編に力を注いでいる為と云われている。

 それもあるであろうがカンツの見立てでは、百万の軍勢を長期間維持できない、即ち養えないのだろうと見ていた。

 現に魔界の侵略は農閑期の冬の間だけである。これは魔界軍の兵力の殆どが半士半農であり繁農期では戦争行為が出来ない為ではないのかと見抜いていた。

 その予測は当たっており、カンツは夏に冒険者達から仲間を募って魔界へと赴き田畑を焼き払った結果、今年の冬はまだ魔界軍の侵攻は始まっておらず、また軍を召集しているという報告も受けてはいない。侵略どころか冬を越すのも難しいのだろう。


 勇者に話を戻すが魔界の侵略により地上の半分が魔界の領土となり、侵略を受けていない国でも魔物が跋扈するようになってしまい地上世界に安全な場所は皆無であると云っても過言ではない。

 この世の地獄と化した地上は人々の苦痛や怨嗟に満ち、数年もしない内に地上は魔族の世界となってしまうだろうと誰もが嘆いていた。

 そんな折り、苦しんでいる人間を憐れんだ神が一振りの聖剣を与えた。

 地上に突き立った聖剣を引き抜いた者が勇者となり魔界軍と双子の魔王を退けるであろうとの神託のおまけ付きである。

 お約束のようにただ地面に突き立てられただけに見えるが聖剣を引き抜く事が出来る者はなかなか現れなかった。

 誰も抜く事は出来ないのではないかと人々が絶望する中、一人の老人が現れて、聖剣を抜かせてくれと云う。

 誰もが老人を嘲笑い、出来るものなら抜いてみろ、と囃し立てる。

 絶望の中にいた彼らは鬱憤をぶつける標的 まとを欲していた。

 出来なければ袋叩きにしてしまおうと悪意をもって老人を見詰めていると、なんと彼は聖剣をたやすく引き抜いてみせたではないか。

 美しい刀身を顕わにした聖剣は強い光を放ち人々の目を灼いた。

 光が収まり、恐る恐る目を開くと、そこにいたのは見窄らしい老人ではなく、見事な純白の甲冑を身に纏った立派な若者であった。

 その若者こそが勇者ブリーゼであるのだがカンツはこの演出、否、茶番を苦虫を噛みつぶしたような顔で見ていた。

 神は既にブリーゼを勇者として見定めていたのであるが、勇者誕生をより際立たせる為に演劇めいたやり方で民衆に希望を持たせたのである。

 魔界の侵攻で絶望していた人々に聖剣を与えて希望を持たせ、誰も引き抜けない事実に更なる絶望へと叩き落とす。そして謎の老人が周囲の嘲笑を物ともせずに聖剣を引き抜いて美しい少年へと変身する。これにより聖剣を抜いた勇者は希望の戦士として神格化される事となるだろう。

 事実、勇者ブリーゼはどこに行っても歓迎され、人々は惜しみない援助をし、隠れた実力者達は進んで勇者の仲間となり、彼の盾となって命を落としたとしても本望だと云わんばかりに微笑みながら息を引き取ったものだ。

 ブリーゼはまだローティーンの少年であったが神に見出されただけあって実力は本物であり、精強な魔界の将校を相手にしても全く引けを取らなかったという。

 聖剣という強大な武器であり最大の神の補助を受けてはいるが名のある実力者達を次々に屠っていく様は天下無双と呼んでも差し支えなかった。

 しかも聖剣は勇者だけに留まらず、彼が仲間と認識した者達にも力を与えており、仮に勇者と別行動となる二面作戦を決行したとしても神の加護を失う事なく勇者の仲間として高い作戦遂行能力を示したものだ。

 そこまでならカンツも勇者の実力を素直に認めていたのだが、戦えば必ず勝つという状況はまだ若い、もしくは幼い勇者の心の成長を止めてしまったのである。

 勝利するたびに力を増す勇者であったが、それ故に彼は勇者らしい“正々堂々”とした戦いに固執した。曲がった事を嫌うだけならまだ“若い”で済ませられたのだが、力の弱い魔法遣いや回復役 ヒーラー、弓使い、ヒット&アウェイが主体の軽戦士にまで堂々とした戦いを強要したのだ。つまり後衛や遊撃手にも前衛同様の戦い方をさせていたのである。

 勿論、魔法を発動させるのに呪文を詠唱しなければならない魔法遣いを始め、後衛職の者達は抗議をしたが聞き入れられず、最終的には卑怯者・・・としてパーティーから追放されてしまうのだった。

 勇者ブリーゼから追放された者は神の加護を失う事となり大幅なパワーダウンをする事になるが、何より勇者から卑怯者呼ばわりされた彼らは他の冒険者パーティーに身を寄せようとしてもどこからも相手にされなくなってしまうのである。

 それ故に彼らは勇者に逆らう事も出来ず、後衛であろうと身を削って前線で戦うしかなかった。


 そして冒頭に戻る。

 勇者に“卑怯者”呼ばわりされたブリッツとやらはどうやら軽剣士らしい。

 武悪面をそのまま肉に変えたかのような悪相であるがまだ若かろう。

 聞くでは無しに聞こえてくるというより、嫌でも聞こえてくる大声から察するにブリッツ少年の戦い方が勇者サマのお気に召さなかったようだ。


「分かった。世話になったな」


 話が纏まったようでブリッツは勇者達に背を向けた。

 これから入り用だろうと勇者が金貨数枚をブリッツの背に向けて放る。

 ブリッツは振り返りつつ腰の剣を抜いて全ての金貨を両断してみせた。

 見事な腕だ。勇者の仲間ではなくなった時点で神の加護を失っているはずだが、そんな物が無くとも元々腕が立っていたようだ。まだ若いが見所のある少年である。


「俺は魔王を斃す為に勇者の仲間になったんだ。決してお前に尻尾を振るためじゃない。ましてや金の為でもない。人を莫迦にしているといつか手痛い竹篦 しっぺ返しを喰うぞ」


「物事は正確に云え、少年。竹篦返しは既に受けているではないか」


 カンツの指差す先では勇者の眉間に金貨が一枚貼りついていた。

 一枚だけ金貨を斬らずに勇者へと打ち返していたのだ。

 金貨が剥がれてテーブルの上で澄んだ音を立てる。

 勇者の眉間は金貨の形に赤くなっていた。

 この場にいた者達はせきとしており言葉も出ない。


「いい腕だ、少年。確かブリッツといったかな?」


「はい、お騒がせして申し訳ありません」


 ブリッツは話しかけてきた男に頭を下げる。

 見覚えのある顔だ。確か高名な冒険者で名はカンツで合っていたはずだ。

 特定のパーティーを持たないが、様々なパーティーに出入りする助っ人専門の冒険者という変わった人物だ。

 歳は三十代くらいで神経質そうな細い目に銀縁眼鏡をかけている。

 艶やかな黒髪をオールバックにしている様子は文官のようであるが、文武に秀でており、剣を抜ききらない内に敵を斃すとも云われる神速の剣術を操る凄腕だ。

 その上、魔法を遣わせれば全ての属性を遣い熟す優秀な魔法遣いでもある。

 状況に応じて前衛も後衛もこなせるとして名のある冒険者達から引っ張り凧にされていて、勇者ブリーゼも常に、是非ボクのパーティーに加わって欲しいと云っていたものだ。


「先程から見ていたが少年はパーティーを抜けたのだな?」


「はい、恥ずかしい事ですが、どうやら俺は“卑怯者”らしいので」


「ふむ、勇者に“卑怯者”にされた者達の末路は知っている」


「ええ、残念ながらこの歳で冒険者は廃業しなければいけないかも知れません」


 口振りは平静を装っているが、目を見ればやはり口惜しさが隠しきれていない。

 だが、どこにも相手にされないという事はである。私が勧誘しても問題は無いという事であろう。


「それは丁度良かった。今まで助っ人稼業を専門にやってきたが、歳のせいか、それもキツくなってきたところでね。そろそろ自分のパーティーを持とうと考えていたところなのだよ。差し当たって信頼できる右腕を探していたのだ」


「右腕ですか」


「ああ、少年さえ良ければだが私と組まないかね? 私の勘が告げているのだよ。ブリッツ少年は将来、私の力となってくれる。良き相棒になる、とね」


 カンツが右手を差し出す。

 ブリッツがその手を取れば契約は成立し二人はパーティーとなる。

 カンツの誘いは魅力的だ。彼と組めば良い経験が沢山出来るだろう。

 しかも初対面なのに高く評価してくれた事も素直に嬉しい。

 だが今を時めく勇者に“卑怯者”にされた自分が仲間になっては迷惑にしかならないのではないかという逡巡もまたあった。


「迷っているね? 今まで自分からパーティーを組んだ事の無い男だから将来が不安に思えたかな? だが私も勢いで勧誘している訳では無いんだ。実は冒険者ギルドから後進の指導を頼まれていてね。勧誘もその一環なのだよ。ギルドもサポートしてくれると云っているし、何より君のように“卑怯者”とされた者達の救済も目的としているんだ。協力して貰えないかね?」


「冒険者ギルドが……」


 冒険者ギルドとはその名の通り冒険者達を支援する為の組織である。

 世界を股にかける冒険者達のほぼ九割は冒険者ギルドに所属している。ギルドは特に加入を強要していないが入った方が何かと便利だからだ。

 まずは何といっても情報であろう。

 冒険者ギルドに籍を置けばその土地々々に跋扈するモンスターや盗賊団などの情報を格安で買うことが出来、初めて訪れた街であれば一度に限り周辺地図を無料で手に入れられるのだ。過去の冒険者達が十数年をかけ実測によって作製した精密な地図は、それだけに結構値が張る為にこれは嬉しい特典だろう。

 更に路銀を得るための仕事もギルドの方で周旋している。

 仕事の内容は、日雇いの人足から始まり、要人警護、モンスター退治、盗賊討伐、変わったものでは好事家に自分達が体験した冒険を物語にして聞かせるというものまである。

 当然ながら仕事を仲介するにあたって報酬に応じたバックマージンを取っているが、それこそが冒険者ギルドの収入源の一つなのだから仕方のない話だ。

 冒険者達はその力量、達成した依頼の質や数に応じてAからFまでの六段階でランク付けがされている。

 ギルドに持ち込まれる依頼の方も難易度によってランクが分かれており、冒険者達は自分のランクと依頼内容を吟味してギルドに申請し、許可が降りれば仕事にありつけるというシステムなのだ。

 その冒険者ギルドが“卑怯者”の救済に動いてくれている。

 かつて勇者に追い出された仲間の中には自分よりも若い者もいたので心配していたが救いはちゃんとあったのだと知れてブリッツは安堵した。


「分かりました。精一杯やらせて頂きます」


 漸くブリッツはカンツの手を握る事が出来た。


「ああ、宜しく頼むよ」


 酷薄そうな顔立ちだと思ったが微笑むと随分と優しげになるものだな、とブリッツが微妙に失礼な事を考えていると大きな音と共にテーブルが砕け散った。

 見れば勇者が聖剣でテーブルを叩き潰していたではないか。


「よ…よくもやったな! 勇者であるボクに恥を掻かせて只で済むと思うよ?!」


 端整な顔を憤怒に歪めて勇者が聖剣を構える。

 魔族をも滅ぼせる謂わば兵器とも呼べる聖剣を酒場で振り回せば余波で怪我人どころか死人が出そうであるのが仲間達は止めようとはしない。

 内心で勇者を恐れているのもあるが、どこかで勇者に逆らう莫迦が制裁されるのを楽しんでいるのだ。

 負け知らずの快進撃に酔っているのは勇者だけではなかったという事らしい。

 始めこそ世界を魔族から取り戻すという使命感が純粋にあったであろうにパーティーから追放されたくないが為に勇者に媚びていた結果、すっかり手下根性が芽生えてしまったようだ。


「やっちゃえ、勇者様!」


「そうです。勇者様に無礼を働くなんて神がお許しになるはずがありません」


 加入当時は純真だった駆け出しの魔法遣いの少女と妹のように可愛がっていた修道女が勇者を応援する姿にブリッツは遣る瀬ない気分になったがすぐに立て直す。

 勇者が怒りのままに聖剣を振り回せばどのような被害が出るか分かったものではない。

 ここは彼を怒らせた自分が止めるしかなかった。


「聖剣を納めろ、ブリーゼ。金貨を打ち返したのはやり過ぎだった。すまん」


納めろ ・・・? 誰に物を云ってるんだ! ボクは勇者だぞ! 土下座して靴を舐めて許しを乞え! さもなくば聖剣の力でチリにしてやる!」


 聖剣から火花が散り周囲の食器が砕け、建物全体が軋んでいる。

 勇者にとって誰であろうと自分に従うべきだという認識が出来上がっていたのだ。

 一国の王ですら玉座から下りて出迎えるというのにブリッツの態度は許せなかった。


「落ち着け。聖剣の力の余波で酒場の物が壊れ始めている! このままでは建物まで潰れてしまうぞ」


落ち着け ・・・・だと?! また命令 ・・したな?! もう許さないぞ!!」


 神に愛されている自分に金貨をぶつけただけでも許せないのに命令されたと思った勇者は止まる事が出来なくなっていた。

 他の仲間なら一言謝れば収まったが同郷の幼馴染みでもあったブリッツには特別な感情があったのだ。

 ブリッツは子供の頃から文武に秀でており、剣術だけではなく勉強でも魔法でも勝つ事が出来なかった。

 学校では甘いマスクで女子に人気があったが、ブリーゼからすれば何の慰めにもなっていなかったのである。

 もう一人幼馴染みに女の子がいるのだが、ブリーゼにとっては初恋であり幼い頃から恋人になりたくてあの手この手でアプローチをしたものだが一向に靡く事はなく、精々が仲の良いお友達であった。何故なら彼女が恋心を抱いていたのが何を隠そうブリッツなのであるからブリーゼからすればとても許せるものではなかった。

 容姿も上、家柄も上、財力も上であったが選りに選って彼女は不細工なブリッツを選んだのだ。

 彼女曰く、ブリッツは誰にでも優しく、優秀さを鼻にかけない。そして何よりピンチになればすぐに駆け付けて悪者をやっつけてくれるヒーローだという。

 幼い頃、故郷を盗賊が襲った時、自分は屋敷に籠もって震えていただけであったが、騎士の家系であったブリッツは満身創痍になりながらも槍を持って助けに来てくれたのだと云う。

 ブリッツも元々は可愛らしい顔立ちではあったのだがその時の傷が元で顔が非道く歪んでしまったのだ。

 だが、どのような容姿になろうとも彼女にとってブリッツこそ勇者に勝るヒーローであると聞かされてブリーゼの心に凶悪な暴風が吹き荒れるようになってしまったのである。

 それからというもののニ度と敵に怯えずに戦うと誓い、修行に明け暮れたがそれでもブリッツには何一つ勝つ事が出来なかった。

 汚名を返上したくても盗賊の襲撃などそうそうにあるはずもなく悶々と過ごしていたところ神から天啓を得たのだ。


『双子の魔王を斃す勇者は汝である』と。


 そして神が用意した演出の御陰もあって“卑怯な臆病者”だったブリーゼは英雄となったである。

 しかしブリーゼにとっての誤算だったはブリッツが旅に同行してきた事であった。

 密かにブリッツに加護を与えぬよう神に頼んだが、それでもブリッツは獅子奮迅の活躍を見せてブリーゼの心胆を寒からしめたものだ。


 勇者万歳! 騎士ブリッツ万歳!


 勇者としての名声は得たが同時にブリッツの名も高まってしまう結果となった。

 しかも勇者の名を知らぬ者もいるというのにブリッツの名は世界に轟いていた。

 意中の少女が聖女となって勇者の旅を影ながら支えてくれたのは嬉しいが、その聖女の婚約者 ・・・の名も高まるのは必然であった。

 繰り返しになるがブリッツの容姿は不器量ではある。だが心優しく、勇者に忠実であり、共に魔族と戦う騎士は勇者同様に歓迎されたのだ。

 折角勇者になれたのに、それでもブリッツはブリーゼの前に立ちはだかるのか。

 もはやでっち上げ・・・・・でもブリッツを追放しなければ未来は無い。

 そこまで思い詰めたのに、我慢の限界だったのはブリッツも同じだったのだ。

 ブリッツは、名声に酔って王に対しても傍若無人に振る舞う勇者に悪評が立たぬよう配慮していたのだがそれも全て無駄に終わった。

 気に入らなければ仲間ですら“卑怯者”と称して追放するに至ってついに諫言をするようになったのだ。

 しかし友と思っていた勇者は最良の相棒 ・・すら追放してしまう。

 このまま自分が離れてはブリーゼが孤立してしまうと必死に翻意を迫ったが、ブリッツの最後の心は勇者には届かなかったのである。

 とうとう形振り構わず聖剣を持ち出した勇者にブリッツは覚悟を決めた。


「死ねぇ!!」


 勇者らしからぬ修羅や羅刹を思わせる表情で聖剣を振り上げるブリーゼにブリッツは臆することなく肉薄する。

 言葉では止まれなくなった勇者を止められるのは自分だけだという使命感が体を突き動かしていた。


「許せ!」


「また命令 ・・したな! そんなにボクを見下したいか ・・・・・・?!」


 勇者は振り上げた聖剣を振り下ろそうとしたが、いつの間にか後ろに倒れていた。


(何故だ? 何故、ボクは天井を見上げている?)


「終わりだ、ブリーゼ…終わらせる事しか出来なかった俺を許して欲しい…」


 ブリーゼが聖剣を振り下ろす事が出来ずに倒れていた理由はこれだった。

 ブリッツの剣は勇者の両足を截断していたのだ。

 これこそがブリッツの家に伝わる『脛斬り』の秘剣である。

 確実に相手の機動力を殺し、或いは相手を殺さずに決着をつける不殺の剣だ。

 そして剣士の足を狙う戦法こそが勇者の目には卑怯と映ったのであった。

 仲間の少女達が悲鳴を上げる。

 勇者を斬ったブリッツを詰るが、その罵声はブリッツには届く事はない。

 足を斬られた勇者以上に友を斬った事実の方がブリッツをより傷つけたからだ。


「すまない…友よ…友よ…もはや名を呼ぶ資格すらない…」


 はらはらと涙を流すブリッツの肩に優しく手が乗せられる。


「見事だ。暴走する勇者を善く止めた。相棒を斬って少年もツラかったであろう」


 カンツの優しい声にブリッツは泣いた。男泣きに泣いた。


「な、泣くな…ブリッツ…顔に似合わず泣き虫なのは変わらないな」


「ブリーゼ?! すまない。俺は友と云いながらお前を……」


 既に仲間の懸命な治療で血は止まっているが足は元には戻らないだろう。

 ブリッツに敗北した事で勇者の資格を失い、力も失ったのだ。

 当然、仲間も力を失う事となり、世界最高峰とまで謳われた修道女の治療魔法もまた駆け出しの頃同然にまで戻ってしまい止血するのが関の山であった。


「謝るのはボクの方だ。ボクは昔からキミに嫉妬していた。勇者になったのだって世界の平和の為じゃ無い…キミを見返してやりたかっただけなんだ…」


「云うな! それでも勇者ブリーゼに救われた人達は大勢いるのだから、そう自分を卑下するんじゃない!」


「もうボクは勇者じゃない…きっと罰が当たったんだ」


 敗北を受け入れた事でブリーゼも正気を取り戻し、過去の振る舞いを思い出して静かに泣いた。


「嘆く事は無い。君はまだ若い。いくらでもやり直せる。助っ人稼業で培ってきた人脈は幅広い。治療に優れた知人も少なからずいる。その足だって元に戻ると保証しよう」


「カンツさん……ありがとうございます」


 ブリッツはカンツに頭を下げた。


「礼は良い。未来ある若者への先行投資だ」


「それでもありがとうございます」


「でも勇者がいなくなったんだぞ。双子の魔王はどうすんだ?」


 魔法遣いの少女が不安げに云う。

 しかしカンツは事も無げに答えたものだ。


「心配はいらんさ。過去にも勇者が魔王に敗れた事があったがそれでも人類は魔王に勝っている。勇者は象徴として人間に希望を与える旗手に過ぎん。況してやまだブリッツという勇者に引けを取らぬ男がいる。絶望に染まらず世界を旅して魔王打倒の手掛かりを探し、力を蓄え続けている冒険者達がいる。否、希望を捨てない限り誰もが勇者になれるのだ。神に選ばれた偶像ではなく、世界中の人々に希望をもたらす真の勇者にな」


「真の勇者…なれますか、俺に?」


「それは君次第だ。私もそばにいる。少なくとも私は君を偶像の勇者にするつもりはない。最良の相棒として全力で君を支え、勝利に導く覚悟だ」


「カンツさん…はい! これから宜しくお願いします!」


「こちらこそ」


 ブリッツとカンツは改めて熱い握手を交わす。

 こうして新たな相棒を得たブリッツの新しい冒険が始まった。

 彼らがどのような旅をして、如何にして絆を深め、双子の魔王を斃すのかは別の物語である。


「差し当たってはだ」


「はい、早速行動ですね」


「君のもう一人の相棒の足を治さなくてはな」


「はい!」


「何を隠そう優れた治療魔法の遣い手というのは私の母でね。すぐにでも紹介しよう」


「そうなのですか?!」


 彼らはまずお互いを知る為に対話をしながら歩を進めるのであった。

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