第33話 騎士はかっこいいからすごいのだ
訓練はハードだが、皆すごくやさしい。手を抜かせてはくれないが、憑依がないとダメダメな自分にとても丁寧に教えてくれる。
ハードだけど。
大変だけど。
今も倒れそう……というか、倒れたけど。
ああ、もう立ち上がりたくない。
「ポイ捨てを退治したという新人は、キミで間違いないかな?」
アレクセイは午前中の訓練を終えて、隅で寝そべってへばりきっていると、騎士の上着を着た品のよさそうな男性がきた。
「あ、ええと、はい。アレクセイです」
そう答えると、この男性はにこっと笑い、
「騎士になる前は、立って敬礼しないとダメなところだよ」
「あ、はい、失礼しました!」
足にあまり力が入らないなりに立ち上がり、慣れない敬礼をして見せる。
先日、ティモフェイに立って挨拶をしようとしたら、「いいからいいから」と言われたこともあって、つい油断をしてしまった。
「僕はあまり気にしないけど、貴族の中には示しがつかないと言いたがる人もいるから、人目のある時は気をつけて」
この青年は柔和な雰囲気と言葉づかいだが、身に纏っている空気はとても凛としていた。
「白鉄騎士団副団長のエヴゲーニー・バルクライ・トーリだ。これから期待しているよ」
「は、はい。ありがとうございます!」
遠征中だと聞いていた副団長だ。どうやら今日戻ってきたようだ。
ん?
バルクライ・トーリって建国以前からの名家じゃ……? シスターに教わった建国記にも出てきたような……。
確か伯爵家とかだった気がする。
これは敬礼しなきゃ本当にダメだ。成り上がりの騎士なら、同じ団内だからと言えなくもないが、相手は本物の上位貴族なのだから。
そう思って改めて目の前のエヴゲーニーを見てみると、他の騎士とは全く違う気品に満ちていた。身につけている騎士勲章も雷七つ星ではなく、上位の雷一等星騎士金勲章だ。
エヴゲーニーもその視線に気づいたのか、自分の勲章を軽く指で叩いた。
「……気になるかい? 僕も本当は皆と同じがよかったんだよ」
「え、あ、あの……」
「こんな偽物より、本物がよかったなぁ。陛下にもそう言ったんだけど、ダメだって断られてさ。キミが騎士爵を得る時は、きっと皆と同じ本物がもらえるんだろうね」
アレクセイが不思議に思っていると、エヴゲーニーはまずプルプル震えるアレクセイの足を見て苦笑して、「座っていいよ」と勧めてから、意外にも自分も前に座った。
「これはライヤ団長が、キミに騎士爵をと言っていることにも関わる話なんだけどね。なぜ、騎士爵があれば教会も手がなかなか出せないと思う?」
なぜと言われると答えづらい。ライヤは騎士は英雄だからと言っていたが、よく考えると騎士爵は貴族としては最下級だ。通常、男爵や子爵程度の下級貴族相手なら、教会は遠慮しない。
なのに更に下の騎士にはなかなか手を出せないのか。
「答えはね、かっこいいからなんだよ」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
エヴゲーニーは得意げな顔をして話を続けた。
「かっこいいというのは、すごく重要なんだ。武功でのみ得られる騎士の称号。これは位に関係なく、多くの人にとっての憧れなのさ。だから、現実にこの平和な世では貴族達は命をかけるのではなく、金をかけて慈善事業をしたりして騎士爵をもらっている。王弟である大公殿下や各公爵も、本心では騎士はかっこいいから、僕と同じ金勲章を手に入れているよ」
そういうことだったのか!
王族や上位貴族も憧れるのが騎士!
そんな憧れだから特別!
うん。気持ちは分かる気がする。男爵様よりも騎士の方が偉くなくとも、かっこいいし憧れの気持ちは強い。
「しかも、一部の貴族が、平民上がりの騎士と自分達が同じ勲章なんて納得いかないとか言い出してしまってね、以前は騎士勲章は雷七つ星のみだったのを、元々爵位のある人間には金勲章を用意する始末になったんだ。そこを差別化したら簡単に分かるようになっちゃうのにね」
アレクセイが顔にクエスチョンマークを浮かべていると、エヴゲーニーは、
「金勲章は見栄のために金で手に入れた偽物。雷七つ星こそ、真の騎士の証だとね」
確かにそれを知っている人であれば、そう思うかもしれない。
「僕はお金じゃなくて命をかけて騎士爵を手に入れたというのに、伯爵家の出だからってこのかっこ悪い偽物を押しつけられたんだよ」
あ、それはちょっと同情してしまう……。
「そして家名や派閥に属さない七つ星の騎士の集まり、この白鉄騎士団には強力な後ろ盾がある。有力パトロン意外にね、それがどんな存在か分かるかな?」
パトロンがいるとは聞いていたが、それ以外に後ろ盾がいるというのは初耳だ。しかも話の流れから言えば、教会すらも手を出しづらいほどの……。
「我らが国王陛下だよ。あの人はかっこいいものが大好きだから、そこに唾かけられるような真似をされたら、例え相手が教会でも黙っていない」
「おお!」
確かに騎士は剣を忠誠として捧げる。白鉄騎士団にとってその相手は国であり、国王だ。だが、まさか独立した権力をもつ教会を相手にしてでも、後ろ盾となってくれるとは思わなかった。
「だから、キミは必ず本物を手に入れなければならない。国に忠誠を誓い、命をかけて民を守る――そんな本物の騎士の証をね。教会もかっこいい騎士にはおいそれと手は出せないから。分かった?」
「はいッ。教えてくれてありがとうございます!」
実際、これでなぜ騎士爵なのかライヤの意図もよく分かった。
「じゃあ、起立」
……え? なんだろう?
おそるおそる立ち上がる。
気さくな感じだから、つい気を許してしまったけど、この人は上流階級の人だ。何かまずいこと言っちゃったのかも。
騎士達はそんな二人を遠巻きに微笑ましく見ていた。が、すぐにひそひそと「そろそろいつもの言い出すぞ」と言い合いはじめる。
すると騎士達の予想通り、
「よし、それじゃあキミが騎士になったら、僕の勲章と交換しよう。まさか、そんなかっこいい騎士様が、困り果てている僕の頼みを無下に扱うようなことはないよね? ねえ?」
「え……」
上位貴族からの申し出だ。どう答えたらいいんだろう。
と固まってしまったところで、
「副団長、陛下から授かった勲章の交換なんてダメですよ。それに誰もしたがらないです。だって、その金勲章ださいんですもん」
ティモフェイがアレクセイの肩に手をまわして、自分の七つ星を自慢気に見せた。
「アレクセイ、気をつけろ。この人はすぐ交換をもちかけてくるから。前に一度、警務隊に勲章の紛失届まで出して、七つ星で再授与を要求するとか前代未聞のことやったんだよ。それで団長まで陛下に怒られたし」
……ライヤさんひどい巻き添え喰ってる。
「ティモフェイが邪魔しなければ、もうちょっとで言質とれそうだったのに……」
皆が笑った。
この雰囲気になってから、エヴゲーニーはアレクセイが馴染みやすいように気を遣ってくれたのだと気づいた。初対面の貴族だというのに、自分を本当に心配してくれている。
ここには人類の敵と目されているサーシャもいる。禁忌とされている者が、どういう気持ちなのか察する部分があるのだろう。
名門貴族の副団長はやさしい気配りのできて、騎士はかっこいいから特別と教えてくれて、そしてなにがなんでも勲章を交換したい人だと、アレクセイは記憶した。
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