第29話 なにやら怪しい二人と普段から怪しい神父
「あ、思い出した」
アレクセイはさっきのどことなくダメそうなおっさんを見て、自分の育ての親である神父を思い出した。
そういえば、昨日はここに泊まるとも言わずに帰らなかった。まだ、教会を出るとも報告してないのに。
神父さんはともかくシスターには心配をかけてしまっている気がする。
「まずった。サーシャごめん。一旦教会に戻る」
「ん、じゃあ、ボク、も……」
「あー、すぐに帰ってこれるわけじゃないと思う。待たせるのも悪いから俺一人でいいよ。それじゃ大切な仲間を見せてくれてありがとう」
「……そ、う」
アレクセイはサーシャに背を向けた。
サーシャは去っていく少年の背中を、どこか儚げな目で見つめていた。
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「ただいまぁ……」
アレクセイは教会の孤児院側のドアを開けて、頼りない声で挨拶をした。なんとなく気まずい。そういう時はあえて元気にふるまって見せようかとも思うのだけど、やはり自然に気持ちに引っ張られた声になってしまう。
「アレクセイ?」
奥からシスター、エカテリーナの声がした。パタパタとした足音が近づいてくる。長く一緒にいたからなんとなく分かることだが、心配かけた時はいつもこんな足音だ。
「大丈夫だった? 昨夜はどこにいたの? 王城でなにかあったの?」
顔を見るなり、こちらに答える隙を与えない質問の連呼だ。
アレクセイは変わらないなぁと思って、苦笑してしまった。
「大丈夫だよ。昨夜は……」
と、そこで一旦言葉が止まった。
サーシャの家に泊まった――言葉にするとそれだけのことなのだが、これをすんなりと言えないのが思春期。
そして改めて、自分が女性の家に泊まったのだと自覚してしまい、なぜか気まずさが増してあわあわとしてしまう。
「どうしたの? やっぱりなんかあった?」
「ううん。なにもない、あるわけない!」
なんとなくシスターの顔を見られない。
考えてみると、これって朝帰りだ。
「というか、アレクセイなんかいい匂いする」
「えっ!? そ、そう? 花見てた、からかな」」
なぜか痛いところをつかれてドギマギしてるみたいな態度になってしまう。
と、なんとなくシスターの目が冷たくなった。
「そういう遊び覚えるのは、少し早いと思うけど?」
え? ん? あ……。
色町で遊んできたと思われてる!?
そうしてアレクセイはシスターに事情をちゃんと説明した。いや、同僚の騎士の家と言うだけで、それが女性だという点はぼかしたので、決してちゃんとではなかったが。
「あ、そうだ。シスター。俺って災害被災者だった?」
「いいえ。違うよ。アレクセイはここ王都生まれで、ご両親は事故で亡くなって、ここに預けられたの。聞いたことなかった?」
「うん。詳しくは知らなかった。じゃあ、俺の能力って混ざり者というのヤツじゃないのか」
「神父様からは生まれつきと聞いてるけど……」
「そっか。んじゃ、直接聞いてみるよ。神父さんは?」
「礼拝堂の方に来客があっていってるよ」
礼拝堂といっても、この教会のそれは質素なものだ。ただ広い空間に、神父が説法をする壇上があるという程度の作りで、ガラス窓もなければ、特に何も掲げていない。讃美歌の伴奏用のピアノもないし、信徒達が座るための長椅子もない。
信徒達は床に座り、讃美歌はシスターの声に合わせて歌う。そんな最低限の場所だ。
アレクセイはライヤから聞いた話――自分が異端審問官に目をつけられているという話を思い出し、堂々と行くのを躊躇った。ならばのぞき見だ。
以前に神父が、この教会はどこからでも話し声が聞こえるという悲しいことを言っていたが、本当にその通りで礼拝堂の話し声が辿り着く前に聞こえてきた。
「……と香草。他に隠したりしてないですよね?」
「ん? いったいなにを隠すと?」
若そうな男の声に問われると、神父がいつもの調子で何かをすっとぼけている。
香草? なんの話だろ?
あ、神父さんまたあれを隠してんのか。どうしようもない人だな、本当に。
って、あれ、この声――。
ドアの隙間から、礼拝堂の方をのぞき見る。
やっぱり、あの二人はおやっさんところのメンバーだ。確か一年前くらいにクランに入った二人組。
なんだってここに? あ、さては酒場から苦情を伝えに使いっぱしりか?
そんなことを思っていると、二人が去っていく。
やれやれとばかりに深くため息をついた神父が振り返ると、アレクセイがのぞいていたことに驚いた。
「神父さん、また密造酒こっそり売ってたんですか? 香草使って薬膳酒とか言ったんでしょ?」
「おや? 私の秘密をいつの間に知られてたのだろう? 仕方ない。口止め料に一杯つきあえ」
「やめて。俺を巻き込まないで」
過去にも酒場で密造酒が話題になったことがある。犯人は誰かは分からなかったようだが、まったく迷惑な話だ。
とはいえ――。
「神父さん、なんかごまかしたよね?」
神父さんとも長く一緒にいるんだ。それくらい分かる。おそらく、さっきの二人の話は密造酒じゃなかったんだ。
「勘が回るようになったなぁ。素直にだまされないアレクセイなんてアレクセイじゃないぞ」
「……いいから、教えてよ」
「さっききた二人、お前の話を聞きにきたんだよ。何かお前のことで隠してることはないかと聞くから、何歳までおねしょしていたか、きっちり教えておいた」
何も言わなかったくせして。
あ、いや、さっき聞こえてきた部分の前は聞いてないから、もしかしたら本当に話してるかもしれない。というか、この人なら話す気がする。
「あの二人、おやっさんのところのクランメンバーなんだ。でも、なんで俺のことなんて……」
「さあねえ。ところで、お前は何しに戻ってきたんだ? もうお前の住む場所はここにはないぞ」
心配されてると思って帰ってきてみたら、これか。
「あ、俺の能力って……」
「生まれつき」
「本当? 災害被災で魂が混ざったりするって、ライヤさんに聞いたんだけど……」
「そういう例はあるらしいが、お前のは生まれつき」
どうやら隠し事など何もなく、本当に生まれつきのようだ。
まあ、生まれつきか混ざり者か知ったからといって、なにがどうなるという訳でもないのでいいのだけど。
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アレクセイは神父にも今後は同僚の騎士の元で世話になるという説明をしてから、教会に置いた自分の荷物をとって、サーシャの家に戻った。
もうさすがにティモフェイと名乗った騎士も帰ったようで、子供達は家の中で思い思いの遊びをして過ごしていた。アレクセイを見ると飛びついてくる。
「痛いって。サーシャはまだ裏庭?」
「うん」
子供達を置いて、裏庭へ繋がるドアをあける。
と、アレクセイは思わずそのまま見惚れてしまった。
肌の多くを露出させた薄着のサーシャが、太陽に向かって仰ぎ、両手を広げて止まっていた。
本当にまるで時間が止まっているようだ。
全身の模様も陽光に照らされ、白い肌の色はまるで透き通っているかのようで、ドアを開けたらおとぎの国につながったと言われても信じてしまいそうなくらい、今のサーシャの姿は神秘的だった。
聖山であの白い炎に照らされたサーシャを綺麗だと思ったことを思い出す。
今も同じように綺麗だ。
少しの間、ただ黙って見ていると、サーシャがゆっくりと振り返った。
「アレクセ、イ……?」
「あ、うん。ただいま」
「……もう帰ってこな、いかと思、った」
その言葉とこちらを見るサーシャの目が、とても寂しそうで驚いた。
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