第15話 「ごめん」と振るう拳、振るうしかない拳
少し前のことだ。
巨鳥に乗って、騎士団より先に現場に辿り着いたサーシャは、まず現状を確認するために、ポイ捨てがどこにいるか探そうと山頂目指して進んだ。
途中で炎に補足された少年兵を見つけたのは、まったくの想定外だった。
サーシャはすぐに巨鳥から飛び降り、空中で拳を振り上げた。
そのまま落下の勢いに足して、炎の末端に向かって殴りかかった。
――ヴぃいいいぎぃあああああ
炎が鳴いて引っ込んだ。
いくらマナをこめているとは言え、鉄をも溶かしそうな炎に向かっての、まさかの鉄拳制裁だ。八人の少年は、その炎よりもおそろしい存在に出会ってしまったと思って、腰を抜かしてへたり込んでしまった。
「口閉じて、て」
サーシャはそのまま一人一人抱きかかえては、ぎゃあぎゃあと泣き叫ばれようと空中へと投げ飛ばしだした。木より高く飛んだ少年達を上手く巨鳥がその背にキャッチする。最後の子は少しそれてしまって、ついくちばしの先でくわえることになってしまったが。
そのままサーシャ自身は走り出した。
木が多く、巨鳥が降りてこられる場所がなく、同じ方向を飛ぶ。その背中を怯んでいた炎が追いかけはじめた。
サーシャは足元に熱を感じて、勢いよく飛んだ。すぐ下を蛇のようにぬらぬらと動く炎が通り過ぎた。
「んっ……」
空中で枝をつかむ。逆上がりの要領で枝の上に登ると、すぐに隣の木に飛び移った。躊躇なく進むしかない。さっきつかんだ木は、すでに炎の渦に巻かれて燃え上がっている。
今よりも高い位置、高い位置へと、サーシャは木を飛び移ってゆく。それを追う炎。
何もなく、広けた空中に向かって飛んだサーシャ。炎の意思はこれで仕留めたと思っただろう。
だが、そこに彼女の相棒は現れた。
<震えて眠れ>
紫の羽根を広げた巨鳥は、古い言葉とマナのこもった鳴き声をあげた。
サーシャのすぐ後ろの空間が小刻みに振動し、そこに突撃した炎の先端が弾かれて地に落ちてゆく。
「ん。いい感、じ」
その炎を横目に見た直後、サーシャは翼を広げたその背に降り立った。
そんなサーシャを見る少年達の目はしばし唖然としていたが、その内の一人がパァっと顔を輝かせて拍手をしはじめると、まるで英雄を称えるかのように、すぐに他の少年達も歓声をあげはじめた。
自分達は助かったのだという実感がわいてくる。
「危ない、から。静かに、ね」
そう言っても少年兵達は興奮冷めやらず、しばらくは大人しくなることはなかった。
眼下の炎は巨鳥を追いかけてきている。まるで槍の刃先のように先鋭化した形状で、その熱で空気を歪め、樹木を焼き尽くし、命を飲み込もうと迫っている。
巨鳥の方がかろうじて速いが、なにかあったら――。
そんな思いで騎士団の転送予定地へと向かって飛んでいると、
「ここで消火活動をしろって言われてきたんだけど、多分これって……」
一人がそう言った途端、他の七人の表情から光が消えた。
この少年達は捕虜だ。だが、受け渡しでもめている。敵兵だというのに置いておくだけでも金もかかる、場所も使う、領土問題でお互いに憎み合っている、という状態だ。
駐屯軍はこの捕虜達を事故死でかたづけてしまうつもりだろう。
この王国は帝国こそ名乗っていないが、その実態は大陸の覇権国だ。その意識は軍の人間は強くもっている。隣国の捕虜の子供を事故死させたところで、大した問題だとは思っていないのだろう。
「……戻りたくない……」
「ん、大丈夫。ライヤなら、きっと、なんとかしてくれ、る」
「ライヤ……? それって白鉄騎士団の!?」
「ボクも、白鉄」
騎士のバッヂを少年達に見せた途端、また歓声があがった。
白鉄騎士団は隣国でも有名だ。国境沿いで起きた災害に対して、国に関係なく被害者を助けたことがあり、また炊き出しも行ったこともあった。だから、彼らこそが真の騎士だなんて、少しむずかゆくなるような言われ方もしていた。
ふと、誰かが興奮で立ち上がってしまった。
運悪く、同時に風が強く吹いた。
一人が鳥から落ちた。
その手を掴もうとした二人が体勢を崩し、それを助けようとしたサーシャが、サーシャの大きな体がいきなり落ちたことに驚いた一人が――合計五人もが空中に投げ出されるという、あまりにもひどい悪循環が起きてしまった。
巨鳥が急降下しようとした。だが、サーシャは、
「……他の子、も落ち、るッ」と止めた。
巨鳥は苦渋の決断をして舞い上がる。
その時、わずかに空中に光を見た。
それが糸のように細く研ぎ澄まされた炎だと気づいた時には、もうすでにサーシャは足首に絡みつかれてしまっていた。
足首の表面が焼かれる。内側の水分が蒸発する。
すぐにマナをこめた手で炎の糸を握りつぶした。
そのままサーシャの体は木にぶつかり、枝を折りながら地面へと落下した。
痛みににぶることなく、現状を確認する。ここも木が多い。巨鳥のサイズだと降りられない。安全にここで再び乗るのはやはり無理だった。
少年達も同様に近くに落下していた。木に当たって怪我はしたが、命に別状はないようだった。
だが、あの白い炎が迫ってきていた。
足を焼かれてしまった以上、もう逃げられない。もっている耐火マントは一枚だけだ。早く体を沈める穴を掘って、耐火マントを被って入りこまないと間に合わない。
サーシャは四人の少年へ視線を移した。
あの火は人を弄んで殺す。なかなか死ねない。
「だから、ごめ、ん……」
四人の少年兵に向かって、拳を振るうしかなかった。
そして今――。
サーシャは自分で掘った穴にうつ伏せとなり、防火マントを被って耐えていた。
防火マント越しにも分かるすさまじい温度。
今とんでもない勢いで、サーシャの体から水分が蒸発していっていた。
その腹の下には、サーシャが身につけていたいくつかの宝石が転がっているだけで、一緒に落下した捕虜たちの姿はない。もちろん、この防火マントの外の業火の中にも。
サーシャは自分ではどうしようもない状態でただ耐える。だが、この猛火の中では、いつまで生きていられるか分からない。
殴るしかなかった拳に残るじんわりとした痛みと、体の下の自分の宝石の感触。
そういえば、あの少年も
王都で出会った少年だ。
去り際、突然大きな鳥が現れたように見えたのか、驚いた顔をしていたっけ。
確か、名前はアレクセイ。
真っすぐな目と綺麗な魂をもった少年。
――また会いたい、な……。
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