第14話 「いきます。俺ならいけます」
「サーシャが……?」
山の方へ視線を送る。この山を焼く白き炎。おそらく温度も普通の火よりもずっと高い。そんな中にサーシャが取り残されているという。
自分の剣を「よかった」と褒めてくれたのが、ついさっきのように感じる。
「ああ。先行して隣国の捕虜である少年兵達を山で救出し、あの鳥に乗って戻ってくるはずだったんだ。だが、その途中で少年兵複数と共に落下してしまった」
「そんな……。だってサーシャは、またねって微笑んでくれたんですよ。なのに、え、なんであの火の海の中に……」
アレクセイは感情と言葉がうまく繋がらず、そんなことをつぶやいた。
ライヤが悔しそうに顔を歪ませる。
逃げてゆく教会員達の声や足音を背中に感じる。
「おい、勝手に持ち場を離れるなぁ!」
聖堂騎士が後ろで吼えた。だが、信徒達は逃げることに精いっぱいで、その声に反応しない。
「貴様、そこの世俗騎士!!」
事の発端であるライヤを忌々しそうに睨につける。だが、ライヤは気にもしていなかった。その態度に更に頭にきたのか、聖堂騎士は文句を言おうとしたが、<歩けない人形>の上を炎が超えてきそうになったのを見て、「ひぃ」とまた小さく悲鳴をあげた。
それでもすぐには逃げ出さなかった。なぜただの少年でしかないアレクセイが、騎士団長のライヤに頼られているのか疑問に思ったのか、こちらを気にしている。
とはいえ、それも長くは続かず、
「貴様が奉仕活動を邪魔したこと、王宮に苦情を入れておくからな! 分かったな!」
あんまりな捨て台詞を残して去っていった。
ライヤはそんな聖堂騎士には見向きもせず、「サーシャが……」とアレクセイの目を見てつぶやいた。
「……お願いだ。この炎では君しか頼れる者がいないんだ」
声が震えていた。凛々しかった顔がこんなにもかと思うくらい、頼り甲斐の影も残らず変わっていた。懇願に近い頼み方だ。
だが、いくら頼まれても――。
「あの火の中じゃ……」
そこで言葉を濁した。誰も生きていられないだろうと思っても、はっきりとは言えなかった。
だが、ライヤはそこまでで察したようで、
「大丈夫なんだ。ここで説明している暇はないが、サーシャは必ず生きている。まだ助けられる。だから、キミさえ力を貸してくれるのであれば……」
「力を貸すって言っても、俺に……」
サーシャはあの能力を知らなかった。騎士団には気づかれていないはずだ。
なら、なにを――とそう思った時、
「……キミの能力を我々は把握している」
と、ライヤはその腕にすがりつきながらも、アレクセイの目を真っすぐに見つめて、はっきりと告げた。
アレクセイの表情がゆがむ。
「……それは脅迫ですか……?」
「違う! キミの秘密を暴いてしまったことは謝罪する。だが、危害を加えるつもりは一切ない。頼む、その力でサーシャを……もう誰一人失いたくないんだ……」
騎士団長として気丈だった彼女が、まるで恐怖に狼狽える少女かのようにアレクセイの袖を握る。
これは誰かを失うことへの恐怖だ。
「……離してください」
アレクセイはライヤの義手をそっと掴んで、自分の袖からのけた。
ライヤの目から光が弱まる。下唇を噛んだその口許が、あまりに頼りなく歪んだ。
その顔を見て、アレクセイは一つうなずいた。
「――ええ、行きます」
こんな顔をした女性の頼みを断れるはずもない。同様に、助けたい人を助けないと言えるはずもない。
サーシャのために、禁忌だろうと惜しみなく使うだけだ。
「ありがとう、本当に――」
ライヤの表情にも光が差した。
アレクセイの脳裏には、今日のサーシャとの別れ際の微笑みが浮かんでいた。
またねって言ってくれたあの微笑み――。
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ライヤが走る。走る。走る。
アレクセイを抱えて――。
彼女の四肢は全て<かたい手足>と呼ばれる義手、義足だ。それは古い言葉を使わなくとも、自らの魂のマナを使って肉体の四肢と同様に動かせる。だが、誰にでも使えるわけではない。扱えるようになるのにはマナを操る才を必要とし、今の技術ではまだ並の術師では普通に走れれば御の字というくらいのものだ。
だが、白鉄騎士団の団長ともなれば、その出力は人間をはるかに超えるものとなる。
ようするにすごく速い。
「こわいこわいこわいこわい!!」
「怖がっているところ悪いが、急いでいるのでこのまま走りながら状況を説明する」
「あ、はい」
すごい勢いで景色が進む。
「先日キミはダンジョン内で霧の化物を倒しただろう? あれは我々に出動要請が出る程の理の外のものだったのだよ。あの時、<小さい目>を飛ばして偵察していたのだが、それで偶然キミの戦いを目撃したんだ。もっともあの<小さい目>はキミに叩き落されたがね」
あの時か。
叩き落したのもなんとなく覚えている。きっとあの変な虫みたいなのがそうだったんだ。
「あの、それじゃ俺は帰ったら死刑ですか……?」
「いや、決して教会につきだす気はない。我々はキミを欲しているだけだ。それは理解してほしい。あの勧誘は嘘でも冗談でもない」
この人はこの禁忌の能力を評価してくれている。これまでそんな人は神父さんとシスターの二人だけだった。
シスターのエカテリーナに言われたことが頭をよぎった。
――力そのものはどんなものだって悪いものではない。
きっとこの人も同じか近い考えで、この力をもつ自分を受け入れようとしてくれている。
「この先にポイ捨ての炎の温度でも耐えられる耐火仕様の<人形>を準備している。それに憑依して救助をお願いしたい」
なるほど。それなら確かに生きている相手なら助けられるかもしれない。少なくともアレクセイが現場に行くことは可能だ。
今はサーシャが生きていると言い切るライヤを信じよう。
「はい。その人形があれば、俺なら助けに行けます」
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