傷心独り旅
ユラカモマ
傷心独り旅
デートやプレゼント費用として300万円、結婚資金として500万円、すべてを貢いだ男に結婚式当日逃げられた。結婚式には私の職場の関係者と親族が合わせて約100人が来てくれていたのだがその面前であろうことか祝儀を持って逃亡したのだ。
(お金にがめついことは知っていたけれどまさかここまでとは…)
純白のドレスを着て幸せな花嫁になるはずだった
姫路駅はすっきりと小綺麗で、その前のお城へ続く街道も白い光を浴びて輝いていた。志帆は早足でそのまっすぐな道を行く。道行く人にその顔を見られないよう下を向いてではあるがまっすぐに。そうして進んでいると次第に人通りが多くなり顔を下げたままでは歩けなくなった。顔を上げると赤、青、緑さまざまな色の屋台の屋根が見える。場所はもう姫路城前の大手前公園、何やらイベントをやっているようで多くの親子連れが綿菓子の袋やプカプカ浮かぶ風船を持って春を謳歌していた。小さな娘がりんご飴を食べたいとねだるとお母さんが「食べきれないでしょ」と止め、「なら余ったら食べてやろう」とお父さんが娘の手を握って買いに行く。志帆が後少しでつかみ損ねた憧れの光景、志帆はその場から逃げ出した。ホテルに飛び込んでベッドに横になる。白いシーツは嗅ぎなれないバラの香りがした。
翌日になっても大手前公園は盛況だった。その翌日もその翌々日も連日親子連れでごった返している。志帆はその様子を遠巻きに見たりときには
「お母さん…」
ふいに小さく温かい手が志帆の手を握った。ぎょっとして下を見ると見知らぬ女の子があっという顔をして固まっている。ピンクのくまさん柄のワンピースに2つぐくり、手にはキラキラ光るステッキを持っていた。
「お母さんではないよ…えっと、家の人は…」
キョロキョロしたけれど「うちの子がすみません」と言ってくる声はなく、女の子はステッキをぎゅっと握って縮み上がってしまっていた。いっそギャん泣きなら親も気づくだろうがこの人混みで小さくなってしまっては泣きそうなことにも気づかれないだろう。
「本部まで行ってお母さん、呼んで貰おうか…家の人がいたら教えてね」
なるべく優しい声で話しかけながら手を伸ばすと女の子は怖々手をつかんだ。顔を真っ赤にしながらも泣き声は上げずに口をぎゅっとへの字に結んでいる。
(もしかして今なら子連れの母親に見えるかも)
すれ違う母親たちは志帆とさして歳が違わないように見える。しかし連れている女の子の表情を見るとやはり何だが違うなぁという気がして志帆はイベント本部にまっすぐ向かった。
何日も通い詰めただけあって志帆には本部の場所もそこまでの最短ルートも分かっていた。そして女の子がお母さんと再会を果たしたとき初めてここに来て良かったと思うことができた。
「帰ろうかな」
呟いて志帆はもと来た白い道を歩み出す。右手には赤いりんご飴、来たときよりゆっくりとした足取りで明るい光の道を行く。駅では心配と迷惑をかけた職場と家族にちゃんとしたお土産も買って、さあ。車窓からは春の日が差し込んでいた。
傷心独り旅 ユラカモマ @yura8812
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます