リンデ

来星馬玲

第1話 ただいま

 かじかんだ手で冷たいドアノブを掴む。少し手こずったが、何とか力を押し込め、ガチャリと回す。ドアがキーっと音を立てて、開かれた。

 

 室内の温度は大分冷えており、水を入れたコップを置けば、表面に氷が張るくらいには下がっていそうだった。ぼくは、震えをこらえながら、手探りで照明のスイッチを探り、パチリと音を立てて部屋の明かりをONにした。


 室内は長方形が横たわっているといった感じの構造で、中から外を見渡せる唯一の窓まで真っ直ぐ広がっており、洗面所と浴室の一体となっている部屋は入り口のすぐ隣にある。そして、カーテンの閉められた窓辺の横には、この部屋に二つしかない椅子の片方に腰を掛けている、リンデの姿があった。


 部屋に入るなり、ぼくは靴を脱ぎ、真っ白な靴下を履いた足で床を踏む。買ってきた食品を入れたエコバッグを壁際に寄せ、鞄をテーブルの傍に投げ出すようにして置いた。リンデはぼくから視線を逸らすことなく、ぼくの疲労を労わるように、栗色の優しい瞳で見つめてくれた。


 おかえり。


 ぼくは笑顔を浮かべて、「ただいま」と声をかけた。リンデも微笑み返してくれる。ぼくの顔はきっと疲れていると思うけど、リンデの優しく愛らしい天使のような顔を見たら、疲労もすっかり和らいだことだろう。


 上着をフックに掛け、今日の肩の重荷とも別れを告げた。部屋の中ほどに置いてある電気ストーブのプラグをコンセントに差し込み、電源を入れる。これで、肌寒いのも大分解消できる。


 外は寒かったよね。

 

 ぼくを労わってくれるリンデに「うん」と返事をし、ふっくらとした毛糸のセーターを着ているリンデに寄り添い、暖かさをわけてもらった。リンデの眼差しは、終始ぼくへの想いを応えてくれていた。


 ぼくはカーテンを開け放し、窓の外の夜景を露わにした。ここから見える光景は大したものではなかったが、これまで辛抱強く待っていてくれたリンデにも、僅かでも良いから開放感を感じて欲しかった。


 街灯に照らされた歩道を、帽子をかぶった男子学生が歩いている姿が見えた。その傍らを、赤い自動車が走行していった。リンデの目に、ぼく以外の動くものがどう映っているのかはわからなかったが、他人の姿を見せるのはあまり良い気はしなかった。


 ぼくはリンデの肩を持ち、川の向こう側に映る、黒々とした葉がこんもりと積み重なって見える山の景色へと誘った。街灯と星明りだけが頼りであったが、リンデにとっては、遠い異世界の光景に等しいものであると思う。


 ぼくはリンデからそっと離れると、ガスコンロに火をつけ、朝作った味噌汁の残りを温めた。それから、エコバッグに入っているレトルトの白米と、半分に切ってあるキャベツ、割引だった豆腐などを取り出し、夕食の準備を始めるのだった。

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