箱庭の少年聖歌隊
七星 テントウ
Ⅰ ラノ
プロローグ
山を一つ越えた場所にある小さな村。
その村には、大昔から魔物が多く出没し、生贄を捧げて生き延びていた人々の末裔が生活していた。
しかし、今となっては魔物に対抗する一つの手段が見つけ出された。
その手段とは、歌だった。ある歌好きの少年が歌っていたところ、その家にはうようよといる魔物が寄り付かなかったという。大人はすぐに教会を建て、少年聖歌隊を設立した。
聖歌隊の効果は抜群だった。前ほど魔物も寄り付かなくなり、人々は、それなりに平穏な日々を過ごしていた。
そんな村に生まれた、少年達の物語。
♣ ♣︎ ♣︎ ♣︎
Ⅰ ラノ
「ラノくん! 貴方の歌は何故こうも音程が合わないのですか?」
嗚呼、また叱られた、とラノは思った。
ラノはとにかく歌が下手だ。歌の上手さと美しさが大きく評価されるこの村では、出来損ないだった。
「家で練習して来なさい!」
神父様にそう言われ、渋々家へ向かう。フリをして、秘密の練習場へ向かった。
秘密の練習場、と言えば聞こえは良いが、実際は只の廃墟の屋敷だ。しかし、この事が村にバレてしまえばラノは確実にこの村にいられなくなる。
何故なら……。
「ルージュ様! こんにちは!」
「小僧、今日も来たのか」
「はい、もちろんです! ルージュ様が歌を聴いてくれると言ったではないですか」
ルージュと呼ばれた魔物は、あの時咄嗟にこんな約束をしてしまったことを後悔していた。
あれは数ヶ月……。
ラノが聖歌隊に入ったばかりの頃、今と同様、歌が下手だった。
神父様に叱られては、いつもこの廃墟の屋敷に来て泣きながら歌を練習していた。村の外れにあるので、誰が来たり歌を聞かれたりする心配がないのだ。
ラノが屋敷に来るようになってから数ヶ月。いつものように泣きながらラノが来ると、黒い影が目の前を覆った。
「ん? 何だ、この小僧は。この服は聖歌隊の……」
魔物だった。綺麗は紅い瞳をした魔物。ラノは必死に歌った。
それを聞いた魔物は、気を失いそうになった。歌が上手くて退魔が効いたのではない。気を失うほどの下手さだったのだ。
「お、おい! 待て! お前、聖歌隊だろう!? 何故そこまで歌が下手なのだ!?」
魔物も驚く歌の下手さだった。
魔物への恐怖と、自分の歌が効かなかったことに驚愕し、ラノは更に泣き出してしまった。
「ぼ、ぼく、聖歌隊の落ちこぼれなんです……。歌がっ、凄く下手だからぁ……」
大粒の涙を流し、目を擦っているラノに、魔物も同情してしまったらしい。
「なら、お前の歌が上手くなるまで俺が聴いてやろう。流石に気の毒だ」
「ほ、本当ですか……?」
真っ赤に腫れた目を拭きながら、ラノが優しい魔物を見る。
「俺が名はルージュ。お前は?」
「ラノ、です」
小さく気の弱い男の子と、大きく荒々しいが心優しい魔物が秘密の約束を交わした瞬間だった。
「ルージュ様、どうですか?」
教会で練習している聖歌は、7歳の幼子が歌うには難しい。舌足らずで、頑張りを認めてもお世話にも上手いとは言えない。
「小僧、お前はもう少し言葉を上手く話せるようになったほうが良い」
「そう、ですか……」
がっかりしたように、ラノが肩を落とす。
「今日は、終わりにしよう。嗚呼、あまり気を落とすな。音程は前より良くなっているぞ」
そう言い残し、巨大な翼を羽ばたかせて去って行った。
「はい、ルージュ様」
飛び去った方を見上げ、笑顔で言う。
ラノは、西日の射し込む廊下へ出た。
「ルージュ様、いつ気がついちゃうかなぁ」
ゆっくり廊下を歩きながら、聖歌を口ずさむ。
その歌は、耳を疑うほどに美しかった。
「もう、ちゃんと歌えますよ、ルージュ様」
紅い夕陽が輝く空を見上げ、そう呟いた。
箱庭の少年聖歌隊 七星 テントウ @nanatento10
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