第二話

 夢を見ていた。

 何十、何百と繰り返し見た夢だ。


 白い部屋で銀のナイフが燦めき、黒い影は返り血のあかで染まる。


 黒い影はその場に崩れ落ち、その奥で凶刃が左胸に刺さった母が見える。


 ゆっくりとたおれる母に手を伸ばした瞬間、せかいは白光に包まれる。


 耳をつんざく爆裂音に私は誓ったのだ。


 ――黒い影は、私が殺してやると。


  *


 自分の叫び声で目を覚ました。

 荒い息。痛いくらいに握りしめた手。寝具にじっとりとかいた汗。

 ――ああ、またあの夢を見たのか。

 べたべたと吸い付く寝間着を脱ぎ捨て、穿はバスルームに入った。

 冷水のままシャワーを頭の上から被る。早い息が水の流れる音に隠れた。

 ――あの夢はこれで何回目だろうか?

 曇りかけた鏡を手で拭った。濡れた前髪の隙間から、鈍く光る目が覗く。

 ――きっと、私が黒いアイツを殺すまで、この夢は続くのだろう。

 忘れたくても、忘れることを穿わたし自身赦さなかった。否、忘れるつもりはこれっぽちもない。

 微かな後悔と、確かな覚悟が薄暗い排水口に流れていく。

 ――殺す。そのために、私は生きている。

 間違いだとか、正義だとかは関係ない。

 シャワーを止めて、バスルームから出た穿は部屋の引き出しを開けた。

 握ったのは折りたたみ式のナイフ。あの日の銀のナイフとは別物だが、人間を殺傷するには十分な刃渡りのものだ。

 穿は暗闇のなかナイフを振った。刃光が鈍く光る。肩にかけたバスタオルがはらりと落ちた。

 ――私は選んだのだ。生きるために、誰かを殺す道を。

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