第3話

 ドアノブに手を伸ばすとあっさりと開いた。初めから鍵がかかってなかったのか、異空間だからなのかわからないがとにかく家に入れた。

 家の窓からフリアージが見える。だがフリアージが大きすぎて、ヒーローの姿が見えない。時折攻撃の光が見えるからそこにいるのがわかる程度。どんなヒーローが戦っているのかわからない。

 実在するヒーローが出る、スマホゲームがあるくらいだ。姿を見れば名前くらいはわかる。


「もう十分経ちそうだな」


 部屋の壁にもたれかかって、そろそろ十分になる。いつもニュースじゃ十分立たずに解決なんてよく見るが。長引いてるだけか?

 ただ待つもの退屈だから、例のヒーローの出るゲームをしている。確か日本にいるのは、アーサー王か。

 もちろん他にも日本にはヒーローが居る。だけどガチャで当たったヒーローの中で日本にいるのは、アーサー王だけだ。他の日本にいるキャラはレア度が高すぎてガチャで当たらない。

 しかしアーサー王はイギリスの方が伝説の舞台だっていうのに、なんで日本にいるのか訳が分からないけどな。まあ、ほかのもヒーローも別の国に居たりするから。珍しくもないが。

 戦闘の音が近くなってきたな。


「早く終わってくれっ」

 ぐちゃ


「ごはっ‼」

「かはっごほっ!」


 声が、出ない?

 地面には大量の血が流れてる。なんかが腹に刺さってる。血が血が血が!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 思考が痛みに支配され。それとは別に、考える余裕が何故かあった。それは死を感じたからかもしれない。

 死か……

 十年前に死ねなかった俺がやっと死ねる。あの日あの場所で、死にぞこなった俺が。

 死に際の走馬灯が、十年前を思い出させる。十年前のフリアージ大量発生。あの日その場所に、俺は居た。

 結婚したばかりで、胸の内が幸せで満たされていた頃。その日は妻と、それからそれぞれの両親とレストランで食事をしていた。

 そんな中に起きたフリアージ大量発生。運悪く近くに出現したフリアージは逃げ遅れた両親を殺した。


 俺は妻を連れて走った。とにかく逃げるために。妻を守るために。結果的にそれが、両親を見捨ててしまったことになっても。

 逃げて逃げて、瓦礫となった建物に逃げ込んだ。外にはフリアージが我が物顔をして彷徨っていた。大型のフリアージに建物ごと潰される可能性もあったかもしれない。

 でもその時は、それが最善策だった。肩を寄せ合い、手を強く握りしめて。見つからないことだけを祈っていた。

 時間の感覚が何倍にも増幅されたような中で、外で激しい音がした。そして「誰かいませんか」と声がした。


 恐る恐る瓦礫の隙間から覗けば、鎧を纏ったヒーローがそこには居た。助けが来たのだと、声を出した。「ここに居る!」と。

 そして、そのヒーローに助けられ。これで助かったんだと思った。だがそれは、その助けてくれたヒーローによって破壊された。

 妻が殺された。後ろにいたはずの妻が、俺の前に立って。ヒーローが手にした剣で、そのお腹を貫かれていた。お腹には赤ちゃんがいた。その祝いの食事だった。

 希望から絶望へ、その激しいショックに俺は気絶した。


 次に目を覚ましたのは、病室。周りが機械で囲まれた空間に一人いた。俺は何故か生きていた。助かっていた。両親を見捨て、妻さえも守ることが出来なかった俺が。生きていた。

 死んだ方がマシだった、生きていることが地獄だった。だが、死ぬ事は出来なかった。脳裏にチラつく死に際の妻の言葉が。「生きて、貴方は助かってと」

 一番愛していた、妻が生きろと言った。それはもはや呪いでしか無かった。生きることを強制される、死の許されない呪い。


 だが、呪いだとしても。それが最後の言葉だった、愛した妻の最後の。両親を見捨てた時から、罪を背負う覚悟をしていた。だから、この呪いも背負って生きてやると自分に誓った。

 意識が回復すると、色々聞かれた。当然妻がヒーローに殺されたことを話したが。記憶が混乱しているのだと、相手にもされなかった。


 だがあの時、鎧に身を包み、剣を手にしたその姿はヒーローだった。何を言っても無意味だと思った俺は、それからその話をすることはなくなった。

 入院中、妻の両親も死んだことを知った。謝る相手もいない、罪の意識は行き場を失った。

 病院から退院できたのは半年後。衰えた体のリハビリに時間がかかった。入院費は国が持ってくれ、どうにか生きていくことは出来そうだった。


 血溜まりがある、俺の血だ。フラッシュバックした、十年前の記憶が終わり。現実が襲いかかってくる。全身が痛い。血が足りないのか、意識が朦朧としてくる。

 それとは別に、憎しみが心の奥底から顔を出した。それは何かが刺さった辺りから、血とともに激しさをまして行った。

 憎い憎い憎い!

 十年前の出来事を思い出した影響かもしれない。


 妻を殺したヒーローが憎い。守るはずの、市民を害したヒーローが憎い。殺してやる、殺してやる。妻を殺したヒーローを。復讐心が憎悪が、体を駆け巡り支配する。

 血が足りなくて、朦朧としていた意識が鮮明になっていく。動かないはずの体に力が入る。腹に刺さっていた何かが消えて、血は止まっている。何かが、この体をつき動かす。

 コロス、コロス、コロシテヤル、ヒーローヲ!

 体が支配され、腹から徐々に体が黒く染っていく。

 思考はもうほとんど、復讐心と憎悪に支配されていて。

 なけなしの思考は、復讐心に抵抗しているがそれも徐々に弱くなっていった。

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