おひとり様になる方法
葵 悠静
本編
「一人焼肉とか、一人カラオケとかって憧れるわよね……」
「どうしたんだい? やぶからぼうに」
女はテーブルの上に肘をつき手の上に顎を乗せながらたそがれる。
バーのカウンターならまだ雰囲気は出たものの、そこは会社帰りのサラリーマンが大量に出入りしている牛丼チェーン店のテーブル席。
雰囲気もなにもなかった。
「世間では一人なんとかって流行っているけど、そういえば一人で何かするってあまり経験がないなと思って」
「はは、結局『私は友達がたくさんいるから一人で楽しむ必要がない』っていう自慢かい。実に君らしいね」
女は不機嫌そうな表情を浮かべながら、水をすする。
「そもそも私が一人になれないのはあなたがいつも私にべったりくっついてくるからじゃないの? ほんと私のこと大好きなのね」
「ははは、僕が君のことを大好きだって? そんなわけないじゃないか。むしろ逆さ、逆。僕がべったりなんじゃなくて、君が僕に執着しているのさ。結局君は一人にあこがれるとか言って、一人になるのが怖いんだろう?」
皮肉めいた言葉を吐き出せば、その言葉は倍以上になって女のもとへと帰ってくる。
眉間のしわをますます濃くさせながら女は再び水をすする。
「これ、お酒だったらよかったのに」
「はっ。仕事帰りにたそがれながら酒を一杯ってか? 君の懐のどこにそんな金があるっていうんだい。せいぜい無料の水をすするくらいしか君にはできないし、君にはそれがお似合いさ。そもそも君は酒が飲めないだろう? できないことを羨ましがっても仕方ないんだろ」
女は宙を睨みつけながら、返ってくる言葉の暴力を全身で受け止める。
心を落ち着かせようとコップに再三手を付けるが、もうその中に水は入っていない。
店員は忙しそうにばたばたと走り回っていてこちらのコップが空になっていることなど気づきそうにない。
「ほら、君は誰の目にも映らない。そういった意味では一人なんとかってやつを楽しめてるんじゃないのかい」
女の我慢が限界になり、勢いよく席を立つ。
「そもそもあなたが私にいつも付きまとうようについてくるから私はいつまでたっても一人になれないんじゃない」
「そんなのはただのいいわけさ。君は一人になろうと思えばいつだって一人になれる」
「うるさい!!」
店内に響いた怒号に周りの客は何事かと一瞬女が座る席の方に視線を向けるが、その視線はすぐそらされる。
「もううんざり。いつもにやにやして私を見下して。口を開けば私をバカにして。いつもいつもいつもいつもいつも!!」
「でも君はそんな僕を離そうとはしない」
「私がどうして一人になりたいのか分かる? 考えたことがある?」
女は席を立ったまま、叫び続ける。
店員は突然の女の剣幕に怯えたように、ただ声をかけるのはためらいがあるのか女がいる席の方に、視線を向けながらもそのばでうろたえている。
「あなたがいなくなればいいのに。そうすれば私は一人になれるのよ」
「君の好きにすればいいさ。煮るなり焼くなり君の好きにすればいい。僕はそれを止めることはできない。でも、君にそれができるのかな?」
「……そうね」
女はゆっくりと首に手をかける。
小さな両手で包み込むようにして掴んだ首は、やけに冷たく感じた。
「いいのかい? こんな公衆の面前でこんなことをしている君はただの奇人だ」
「最初から……こうすれば……よかったのよ。私にあなた……なんか……いらない」
「君には一緒にどこかに行ってくれるような恋人はおろか友達もいない。そんな君が僕を手放したら君はいったい誰に助けを求めるというのか。考え直した方がいい。後悔するのは君の方だよ」
「後悔……? はっ、そんなこと……あるわけ……ない」
顔から血の気が引いてるのが分かる。
両手に力を込めれば込めるほど、息苦しくなっていく様子が手に取るようにわかる。
こんな異常なことが起こっているというのに、誰もそちらに目を向けようとしない。
いや全員目には入っているが、まるでそこに誰かがいるかのように独り言をのたまい、いきなり席を立ち奇声を発し、挙句の果てに自分の首を絞めはじめる女などにかかわり合いになどなりたくないのだ。
我関せず、見て見ぬふりを徹するように客は、牛丼の中身を残したままそそくさと会計をして店を出ていく。
「やっと……これで……一人に……なれる」
ずっと聞こえていた男の声が聞こえなくなると同時に、女は自分の全身の力がふっと抜けるのを感じる。
体に力は入らずその場で踏ん張ることもできず、女はそのまま地面に倒れる。
苦しそうに浅い呼吸を繰り返しながらも、その顔は満足げに微笑みを浮かべていた。
女が意識を手放すと同時に、店員が呼んでいたパトカーのサイレンが外から鳴り響いた。
おひとり様になる方法 葵 悠静 @goryu36
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