無力の英雄

第1話 目覚めの日

「あの、―いさん、おーい、お兄さん起きてください。こんなところで寝たら風邪ひいちゃいますよ」

　誰かに体を揺すぶられるていることに気づく。まだ遅刻するような時間じゃないよなと頭と目を回す。

　自慢ではないが、寝起きはいい方だ。寝坊なんてしたことはないし、誰かに起こされた経験なんて片手で足りる程だ。

「―――！」

　言葉を失った。人はあまりにも衝撃的な出来事に直面すると言葉を失うらしい。と、少し冷静になって思う。

　周りを歩く人は色とりどりの髪色に、猫耳や犬耳を生やしている？　あと絵本にでも出てきそうないかにもな制服を纏う者、それに建物もだ。服装は今どきのものはないが、なかなかにおしゃれな感じだ。

　明らかに今まで生きてきた世界と一変していた。感じからすると洋風だが、中世のヨーロッパの街並みはこんなのだろうか。

　そして極めつけは空だ、あれは太陽じゃない、大きさがもう二回りデカい気がする。色も確かに赤いが少し青っぽいし……。

　普通に過ごす一般人の高校生をいきなりドッキリに掛けるようなもの好きなテレビ番組がない限り答えは一つしかない。

「…………夢だな」

　こういうものは寝たら覚めるはずだ。そして俺は目をそっと閉じるのであった。

「ちょっとお兄さん？　あれ、何で目閉じてるの？　……寝た？　これ寝ようとしてるよね。えっと現実逃避ってやつかな？　せっかく善意で起こしてあげてるのにこれって全くなってないなぁ」

「ごめんごめん、えっと……ここどこ？」

　僕を起こしてくれた優しき少年に悪びれながら声をかける。

「え、お兄さんここどこか知らないの？　そんなことも知らないの？　もう大人なのに。あ、そっかだからこんなところで寝てたのか。てことはここの新入りかなぁ」

　大人と言うが、俺はまだ16歳のピチピチの子供なのだがここの成人基準が分からないのでスルーしておくが……。

　小首を傾げそう答えたのは10歳前後であろう短髪の栗色の髪を持つ少年だった。服は……ボロ布のようなシャツに穴だらけのパンツ。汚れた体に、裸足。……。

「待て待て待て話が進み過ぎだ、まあ、いわゆる誘拐されたんだ」

　寝違えた首を回しながら頭を整理した。　

　この異世界召喚？　を誘拐と言うのは強（あなが）ち間違いではないだろう。

「誘拐されてここに放置ってのはなかなかにその誘拐犯は間抜けだなぁ。それじゃあ大丈夫だね。ここは人の王様が統治する最大の国ロメア王国だよ。それくらいは知ってるよね？」

　疑うように聞いてくる。心外だ、生まれてきて早16年もうすぐ17年になろうとする俺がこんなちびっ子に知識で疑わがれるなんて……。

　しかし今この時は違う。今の俺は16歳だが、頭の中は生まれたての赤ちゃん並みの知識しか持ち合わせていない。すぐ近くに両親という知識源がないという点ではこちらのほうが少し劣るかもしれない……。

「えっと言いにくいんだけど……」

「え、そんなことも知らないの」

　子供には似合わない、かわいそうな人を見る目を向けられる。

「田舎の生まれなんだよ。悪かったな」

「だから攫われたのかもね。田舎って足がつきにくいらしいし」

「怖いなそれ、てか何でそんなこと知ってるんだ？」

「まあまあ、そんなことは置いといて、取りあえず今お兄さんはここの事を何も知らなくて困ってるんだよね？」

　 そう言った怪しげな笑みに少し違和感を感じたが、まあ今はここの事を知る方が最優先だし深くは考えなかった。

「取りあえず今はナンタラっていう国にお金も無しにいるってことしか分からん」

「なんか清々しいね。普通ならあたふたしそうだけど。あと多分その調子じゃ文字も読めないでしょ？　それは大丈夫。読めない僕が生きていけてるし」

　胸を張って話す姿はどこかカッコいい。

「お前も中々だな……」

　それからこの国と言うか街を見て回ることにしたんだが……

「なんでお前が付いてきてんだよ」

「え〜お兄さんこの町初めてなんでしょ？　案内しようと思って」

　程よく前を歩くのは、頭の後ろで腕を組んで嬉しそうに話す少年だ。

「遠慮します」

「お願いしますよ〜」

　お前そんな喋り方だったけ。だがあてもなくこの町を見て回るより知ってる人に説明してもらったほうが情報は多いし、何よりこの国では常識外れのことをしたら止めてくれそうだ。

「分かった、分かったけど自分で見て回るから案内はいいから建物の簡単な紹介だけしてくれ」

「はーい」

　お菓子を買ってもらった子供のような満面の笑みで答えたその顔はその年頃の少年に似合う眩しいものだった。