無力の英雄

覡 天狐

第一章 二輪のバラ

第0話 プロローグ

 声が聞こえる。


 悲しさ――、寂しさ――、苦しさ――、そして幸せそうな――、感情に溢れたいくつもの声だった。それらは混ざり重なり何を伝えたいのか、はっきりとは分からない。


 そんな嵐のような音の中ただ一つだけ――――確かに聞こえた言葉があった。


「お願い、……私を、私を■■て――――」


 聞き覚えのない誰かの慟哭。


 北国の海を漂う氷塊のように冷たく透き通る声にも、溶鉱炉に溶ける鋼のようにドロリと燃えたぎる声にも聞こえる。


 顔も名前も知らない、そんな誰か。


 ――何を? ――どうして?


 普段は抱く疑問は、ここでは浮かばない。


 ――なぜ俺が?


 する理由もなかった。でも、これだけは分かった。




 これは“俺がすべき、俺にしかできないことだ”と。



 音に聞く『宿命』や『運命』みたいな聞こえの良いものじゃない。


 それでも、そうであったとしても、


 この声に――、


 俺は必ず――――◼️◼️◼️と誓う。





 「……、……ん。朝、か……?」


 俺の一日の朝は頭痛から始まった。頬を伝う涙を拭う。何か夢を見ていたのかも知れない。しかし、何も覚えてはいない。


 良い夢ほどすぐに忘れてしまうと聞いたことがある。この様子だと今日はとびきり素晴らしい夢を見ていたのだろう。


 そして、目を擦りながら窓の方に目を向ける……


 ―――カーテンの隙間から入る光はまだまだ淡い。耳に意識を向けると窓の外からチュンチュンと鳥の歌声が朝を告げている。

 

 不思議に思い視線を枕元に移す。その先にはうつぶせに寝転ぶ無骨な目覚まし時計。それを可哀想だが無理やりに起こす。……。彼の表情は五時にも掛かっていなかった。


 1階からの朝食の用意の音も聞こえない―――のは当然だ。何故なら俺は両親がいない天涯孤独の身だからだ。


 朝食の用意は自分で簡単に済ますし、もうそろそろこの暮らしにも慣れたころだ。両親がいないのは生まれてから長いが、起きて誰もいないのにはなかなか慣れない。


 最近は施設の方に顔も出せていない。そう思いながらベットのそばにある写真立てを手に取る。そこには八人の子供たちと俺が笑顔で並んでいる。


「あいつら元気でやってるかな」


 そう独り言をつぶやきながら写真立てをもとの位置に戻した。


 普段は7時かそのあたりに起きて、朝食を軽く済ませ学校に向かうので、二度寝が大好物の俺は覚醒しかけた意識をまどろみに落とした。

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