第8章 - 4 スタートライン(3)

 4 スタートライン(3)

 



 大山に着くと、四人がけテーブルに翔太が一人で腰掛けている。

 前には何も置かれておらず、一方千尋は店内狭しと行ったり来たりだ。

 それでも彼の姿を目に留めて、

「あ! ごめん、先に二人で始めててよ!」

 と、大きな声を掛けてきた。急に団体の客が押し寄せて、とてもじゃないが抜けられないということらしい。

 そうして結果、翔太は何も頼まず、達哉が来るまで待っていた。

「先にさ、飲んでくれてよかったのに〜」

「いや、まあね、そうなんだけど……」

 達哉の言葉に、なんとも微妙な返しをしてから、翔太は生でいいかと聞いてくる。

 頷く達哉に、彼はスックと立ち上がり、厨房に向かって歩いて行った。どうしたのかと思っていると、それから一分くらいして、彼は両手にビールジョッキと焼酎グラスを持って現れる。それから〝勝手知ったる〟店だから……と笑顔で告げて、ビールジョッキを達哉も前にゆっくり置いた。

 そうしていざ乾杯……という時だった。

 翔太がいきなり背筋を伸ばし、真顔になって告げたのだった。

「藤木達哉さん、いろいろと本当に、ありがとうございました!」

 達哉の行動がなかったら、果たして自分はどうなっていたのかを千尋に聞いた。

 それはまさしく驚くような話だったが、これまでを思えば真実だろう……と思えるし、さらに本当の両親と出会うことができたのだって、すべてが達哉のお陰だと、彼はテーブルに擦り付けるようにして深々頭を下げるのだ。

 それからも、しばらく翔太の言葉が続き、達哉が何を返したって神妙な感じは消え去らない。

 だからここぞとばかりに告げたのだった。

 話すべきかと悩んでいたが、こうなって一気に話してしまおうという気になった。

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