第7章 - 2 それぞれの決意

 2 それぞれの決意

 



 ――ああ、そう言えば、昔、この辺で親父が働いてたって、いつかお袋が言ってたことがあったっけ?

 最初そんなことを素直に感じ、だからなんだと言いそうになる。

 ところがそれから数分後には、腰を抜かさんばかりに驚くことになっていた。

 達哉が病室に入ると、薬が効いているのか顔色も良く、余命半年だなんて思えない達郎が満面の笑みで手を振った。

 彼はリクライニングベッドを少しだけ浮かし、現れた達哉に向かって言ってくる。

「悪かったな、もうすぐ大学の試験だろ?」

「大丈夫さ、これでも俺って優等生なんだぜ。うん、なかなか元気、そうじゃない?」

 達哉が笑顔でそう返すと、

「うん、そうか……で、本、持って来てくれたか?」

 と、少しだけ真面目な顔付きになって聞いてくる。

 達哉が本を差し出すと、黙って受け取り、何やらページを捲り始めた。そうして目的のところを見つけたらしく、彼は開いたページをじっと見つめる。

 そんな様子を眺めていると、達郎がゆっくり顔を上げ、「ここを読め」というようなジェスチャーを見せた。

 ページの上に指を差し、そのまま達哉の方へ差し出してくる。

 受け取りながら指の先を眺めると、太い文字で「世田谷誘拐事件」とある。最初の数行を読んでみて、すぐに記憶にもある文字が目に飛び込んできだ。

 世田谷区丘本。

 おかもと産婦人科。

「実はお母さんも、そこに書かれている産婦人科に、入院していたんだよ」

 ――だからなに? まさか、俺がここで、誘拐されたってこと? 

 ほんの一瞬だけそんなことに思ったが、さらに読み進めると、未解決事件なのだとすぐ知れる。

 さらに何か言ってくるかと思ったが、達郎はなぜか黙ったままだ。

 だから達哉は仕方なく、丸々二ページにも及ぶ事件の詳細について読み進めていった。

 世田谷区の外れ、そこそこ高級住宅街って感じの丘本で、達哉が生まれる三年前に誘拐事件が起きていた。

 まさに〝神隠し〟という言葉がぴったりくる誘拐で、犯人へと繋がる痕跡はほとんど出てこなかった。

 そうしてほぼほぼ読み終わり、いよいよ次のページをめくろうかという時だった。

 達郎が、いきなり驚くような言葉を発する。

 そこから達哉は息をするのも忘れ去り。

 ――え!?

 ――なんで?

 ――ウソでしょ?

 などと、心でおんなじ言葉を何度も何度も繰り返すのだ。

 とうとう我慢ができなくなって、彼は達郎に向かって大声を出した。

「そんなこと、そんなことあるわけないじゃん! だって、そんなのがもし、本当だったらさ、いくらなんだって、俺にバレるだろうさ! だって、だってだよ……美知子おばちゃんだって、シゲちゃんだって、そんなこと、それらしいことだって、これまで一回だって、口にしたことなかったぜ!」

 親しかった親戚の名を上げ、達郎の言葉に必死になって抵抗を見せる。

 そんな彼に達郎は、困った顔ひとつ見せずに静かな声で告げるのだった。

「そこに写真があるだろう? 実はそれが、事件の起きる前日に、わたしが撮った写真なんだよ……」

 達郎の見つめる先には、備え付けのテーブルがポツンとあった。

 見れば確かに、そこに何かが乗っている。達哉はゆっくり近付いて、置かれた何かを手に取った。

 そして手にしたものを目にした途端、この瞬間の意味を大凡ながらも想像することができたのだった。

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