第6章 - 4  箱根旅行(4)

 4  箱根旅行(4)

 



 達郎とまさみの前には海の幸御膳、そして達哉らの方にはすき焼き御膳が並んでいる。

 それ以外、細々した料理は共通で、最初、達哉はそれらを目にして驚いたのだ。

 ――これって、いくらなんでも多過ぎだろうって!

 旅館での夕食なんて初めてで、彼は心の底からそう思う。

 ところが達哉以外はそんな素振りはまるでなし。美味しそうだの豪勢だのと口にしながら、さっさと料理に手を付けるのだ。

 そうしてしばらく時が経ち、達哉がボソッと声にする。

「卵が、足りないな……」

 あっという間に取り皿に卵の色味がなくなって、ふと、翔太と千尋の方に目をやった。

 すると千尋がそんな達哉にすぐ気が付いて、サッと卵を差し出してくる。

 見れば彼女は卵を割り入れておらず、卵を受け取る達哉に向けて言ってきた。

「わたしね、昔っから生の卵が苦手なの……だから、遠慮なく使ってちょうだい」

 そう声にして、さっさと視線を鍋へと向けた。

 ところがそれからしばらくしても、達哉が料理に手を付けない。

 グツグツ煮込まれ続けるすき焼きをほっぽって、彼は取り皿の中身と何やら必死に格闘していた。

「ねえ、何やってるの?」

 千尋はそんな姿が気になって、達哉に声を掛けるのだ。

「カラザがさ、なかなか、取れなくて……」

 達哉は視線を動かすことなくそう返す。

「え? カラザって取るの?」

 千尋は慌てて隣に座る彼の手元に視線を送った。

 すると皿の中に箸を差し入れ、白身に浮かぶカラザを必死になって取ろうとしている。

 すでに元あった形はなくなって、白いモヤモヤが破片のように散らばっていた。

「ちょっと、何やってるの? どうしてそんなの取ろうとするの?」

「いや、普通は取るでしょって……」

「え〜 普通は取らないでしょ? わたし、取ったことないんだけど……」

 千尋はそう言ってから、反対に座っている翔太の方へ視線を向ける。割られた卵の殻に目をやって、彼女は再び驚くように声にした。

「え! なになに? この白いのって、おんなじやつなの?」

 そんな千尋の声に、今度は向かいに座るまさみが彼女に向けて告げるのだった。

「千尋ちゃん、うちもそうなのよ。うちの主人もカラザが嫌いで、だからいつも卵料理の時には面倒だけど、いちいち取ってるのよ」

 生卵が入っていた小皿に置かれた卵の殻に、取り除かれたカラザがしっかりあった。

「料理しちゃえばわからないんだけど、不思議よね……ずっと取っているうちに、わたしまで取らないと、なんだか、気持ち悪いってなってきちゃって……」

「じゃあ、ここで取ってないのって、わたしだけ?」

「と、いうことですよ、千尋さん……ね、翔太さん」

「そういうことに、なリますな……残念ながら……」

 悲しそうな千尋の声に達哉と翔太は、さも楽しそうにそんなやりとりをして見せた。

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