第4章 - 1 ジノ・バネリとマイケル・ジャクソン(3)

 1 ジノ・バネリとマイケル・ジャクソン(3)

 



 ならば、どんな理由で誘い出すか?

 後々のことを考えれば、できるだけ偶然っぽさを装いたい。

 それで結局、千尋がお手製の惣菜を持っていき、器を返しにきたところを誘い込む。なんてことを目論むが、天野翔太がなかなか返しに来なかった。お昼前には準備万端だったのに、すでに〝おやつの時間〟も過ぎている。

「おかしいなあ……いつもだいたい、お昼過ぎには来るんだけどなあ〜」

 千尋はそんなことを呟いて、テレビを見ていた達哉に向かっていきなり告げた。

「もうさ、始めちゃわない? その方がさ、彼が来た時も自然だし、お腹だって、空いたでしょ?」

「喉も、ガンガン乾いたしな〜」

 待ってましたとばかりのそんな返しに、千尋は勢いよく立ち上がり、キッチンに用意してあった炒め物やらチーズなんかを取りに行く。

 そうして缶ビールを飲み始め、達哉はあっという間に一本目を空にした。だからもう一本取りにいこうと、彼が片膝を立てたその瞬間だった。

 ドアをノックする音がして、千尋がいきなり玄関に向かってダッシュを見せる。それからドアノブを掴んで振り返り、

 ――いい? 開けるわよ! 

 まさにそんな感じに達哉を見つめて頷いて見せた。

 するとドアの向こうから「天野です」と聞こえて、千尋はゆっくりドアを押しあける。

 ノックの主はやはり彼で、そこから見せた千尋の奮闘は凄まじかった。

 今、大学の同級生がちょうど来ている。

驚くなかれその彼は、翔太も知っている人物なんだと声にして、なんとも上手い作り話を話して聞かせた。

「ほら、お店でわたしが声をかけたじゃない? 彼、それでね、どこかで見た顔だなって思ったんだって、だから、誰だろうって、アパートまで付いてきちゃったわけよ……」

 そこで天野翔太は達哉の方に視線を向け、「あ!」という顔を一瞬だけ見せた。

「だからさ、入って入って、彼のこと、ちゃんと紹介するから……」

 あっという間に部屋の中に引っ張り込んで、「今日ってお仕事休みだもんね」などと声にしながら、彼の意思などお構いなしに缶ビールを差し出した。

 そして若いなりにも天野翔太と言うべきか? 唖然とした顔をすぐに引っ込め、達哉に向かってぺコンと頭を下げるのだ。それからビールを少しだけ口に含んで、彼はキッチンにいる千尋に向かって声にする。

「あ、いいよ、これ一本だけ頂いて、すぐ帰るから……」

 ――だから何もいらないよ。

 まさにそう言い掛けた時、

「え〜だって、もう用意しちゃってるもん!」

 そんな駄々っ子のような返答に、そこでやっと達哉ついて話題に上げた。

「それよりさ、彼をちゃんと紹介しろよ。いきなり男二人にお見合いさせて、いったいどうしようってんだよ」

 なんとも爽やかな笑顔を見せて、天野翔太が再びチョコンと頭を下げる。

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