第3章 - 3  説得(5)

 3  説得(5)




「ちょっとちょっと、あなたに電話よ! 今、本間さんって方から電話なんだけど、あなた今日、その方のアパートにまで行ったんだって?」

 目を見開いて、思いっきり口角が持ち上がっている。

 だからこんな言いようも、責めてる訳じゃないのだろう。

 しかしどうして、アパートに行ったことまで知っている?

 ――え? なんでだ!?

 そんな思いで一杯になり、ふた呼吸くらい固まってしまった。

「早く早く! とにかくほら! 電話に出なきゃ!」

 そんな声で我に帰り、達哉は母を部屋に残して階段を一気に駆け降りる。そうして電話口に出てみれば、いきなり素っ頓狂な声が飛び込んできた。

「あなたって、実家暮らしだったの!?」

 ――え?

「ねえ、そうならそうと言っておいてよね! まったく! 恥かいちゃったじゃないの!」

 ――恥、かいた?

「ねえ、お母様に謝っておいてね! あ〜恥ずかしい! きっと……っていうか絶対! わたし誤解されちゃってるわ〜」

 ここまで言ってくるうちに、達哉の返事は全部、心の中だけだった。

 それでも一気に親しげで、声の感じもアパートの時とは段違い。

 だからとにかく声にした。

 心にあった疑問すべてをこのひと言で表したのだ。

「ど、どうして?」

「なに言ってんのよ! あなたが電話しろって言ったんじゃない! まったく! 実家暮らしなら実家暮らしだって、ちゃんと言っときなさいよね! 勘違いしちゃったじゃないのよ! ああ、恥ずかしい〜」

 しかしその声に突き刺すような印象はなく、なんとも親しげな感じさえする。

 だから達哉は慌てて続けた。

「あの、今からそっちにいきます!」

「え? 今から?」

「はい、だめっすか?」

「だって、もう夜、遅いし……今、公衆電話だし……」

 そう言われ、思えばすでに、夜十一時を過ぎている。

 だから翌日、どこかで会って欲しいと言い直し、彼女が指定してきたのは駅前にある居酒屋だった。

「わたし、そこでバイトしてるんです。明日はバイト休みなんで、そこなら、わたしも安心だし……」

 さらに天野翔太の勤める店もお休みで、夕方からならきっと彼は家にいる、だから場合によっては彼をさっさと呼び出そうと、冗談とも本気とも付かないような印象で、彼女は一気に捲し立てた。

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