第3章 - 2 千尋と翔太(6)

 2 千尋と翔太(6)

 



 ところがちょっと歩いたところで、思わぬ事実に気付いてしまう。

 ――あれって、さっき店にいた人だ……。

 たまたまか? 

 それにしたって、今あそこにいるってことは……?

 千尋が出た後、すぐに会計したってことになる。

 さらにこの通りから先は住宅街で、俄然、人通りも少なくなるのだ。

 ――参った! 挨拶なんてするんじゃなかった!

 なんて大後悔を思いつつ、千尋は思いっきり早足でアパート目指して歩き出した。

 幸い何事もなくアパートに着いて、部屋の明かりを点けようとした時、

 ――まさか、居ないわよね?

 ふと、外の様子が気になって、そのままカーテンの脇にしゃがみ込んだ。ほんの少しだけカーテンの端っこを動かして、ドキドキしながらアパートの外へ目を向ける。

 すると男はやっぱり……そこにいた。

 前の通りに立っていて、視線は絶対アパートの二階に向いている。

 ――どうしよう?

 そう思った時だった。

 男が急に歩き出し、アパートの敷地内に入ってきたのだ。

 ――やだ!

 つまんでいたカーテンを離し、千尋は慌てて立ち上がる。

 武器になるようなものがないかと部屋を見回し、とりあえず買ったばかりのアイロン台を手に取った。

 男の力で本気になれば、こんなボロアパートの鍵なんてあっという間に壊される。

 だから玄関側に構えて立って、頭を思いっきりぶっ叩いてやる! なんて思っていたのだが、いつまで経っても階段の音さえしてこなかった。

 ――え? もしかして勘違い?

 かと言って、そう決めつけるのは早過ぎる。どうせくつろぐ気にはなれないし、そんな時にこそ、突然襲われたら対応できない。

 だから千尋はそのままの体勢で必死に待った。

 終いには、アイロン台を持つ手がほとほと疲れて、

 ――ねえ! 来るんならチャッチャと来ちゃってよ!

 などと、チラッと思ったりもするのだ。そうしていつまで待っても何も起きず、千尋はとうとうアイロン台を放り出した。

 それでもドアの外を確かめる気にはなれず、と言って寝てしまうのも恐ろしかった。

 ――あいつ、今度見掛けたら、絶対に許さないから!

 千尋はそう念じつつ、安物のカーテンを睨み付けた。

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