第2章 - 2  変化(6)

 変化(6)

 



 何気なく、ただなんとなく……目尻を人差し指で、ちょこんと引っ掻いたのだ。

 痒かったのか? 今となっては覚えていないが、とにかく咄嗟に声が出で、由依美はその場で固まってしまった。

 いきなりガチャ目になっていて、慌てて左右の目をパチパチしてみる。

 ――ヒエっ! ウッソ〜!

 右目がぜんぜんボケボケで、コンタクトレンズが目から勝手に飛び出していた。

 この瞬間に彼を追うことは諦めて、泣く泣く地面にしゃがみ込む。

 いくらなんでもスルーは無理だし、

 ――やっぱり、ソフトにしとけばよかったわ!

 歴史がまだ浅いからと、ハードにしてしまった自分を恨んだところで仕方がない。だからさっさと見つけてまた追い掛けようと、左目だけで必死に地面を睨み付けた。

 ところがそれからすぐだった。まるで想定外の出来事で、ある意味これ以上ないってくらいの出来事だ。

 きっと、咄嗟の声が聞こえたのだろう。

「うわっ!」だったか、「ぎゃっ!」だったのか、とにかく叫び声が耳に届いて、彼は何かがあったと思ってくれた。そうして由依美の元に駆け付けて、地べたを見つめる彼女に向けて声にする。

「何か、落としたんですか?」

 それから一緒に探してくれて、暗くなって別れるまでに、彼の方からいろんな話をしてくれた。

 普段は学校の図書館で、閉館ギリギリまで勉強してから帰る。

 そうなると八時過ぎの電車になるが、今日はちょっとした用事があった。だから早めに切り上げ、ひと駅手前で降り立った。

「ちょっと確認したいことがって、ま、大したことじゃないんだけどね……」

 ――用事ってなんですか? 

 そんな由依美の問い掛けに、彼は笑いながらそう言って、手を振りながら住宅街の奥へと消えた。

 それからは、顔を合わせば挨拶するし、日に日に会話する機会も増えていく。

 そうなると、一気に気持ちが傾いた。

 きっと、彼の方だって〝まんざら〟じゃない。

 そんな気持ちを抑えきれずに、由依美はいよいよ〝清水の舞台〟から飛び降りた。

 ――付き合って欲しい

 帰りの電車で待ち合わせ、現れた彼にホームで必死にそう声にする。

 しかし彼の答えは予想外のもので、由依美はそれから、彼と出会さないよう電車の時間も変えたのだった。

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