第1章 - 3 天野翔太(6)
3 天野翔太(6)
きっと二、三発ってどころじゃない。
公園の薄暗い中はっきりしないが、顔が異様に腫れ上がり、顔のあちこちに血らしきものがこびり付いている。両目ともほとんど閉じていて、それでも荒井にすれば、精一杯見開いているってことだろう。
「どうしたんだよ……それ、誰にやられたんだ?」
「まったくな、お前が来てから、ロクなことが起きねえよ……くそっ」
なんて言葉を発しながらも、荒井の顔には笑顔があった。
そこから荒井が語り出した話を、翔太は何度も遮り、声を荒げて問い正すのだ。
――嘘だ!
――嘘だろ?
――本当なのか?
――本当のことなのか?
何度もそんな台詞を繰り返し、否定しようとしない荒井のことが、殺してやりたいくらいにムカついた。
「どうして! あんたがそんなことを知ってるんだ!?」
「最初は俺が、段取ったんだ……あいつに頼まれて……まさか、こんなことになっちまうなんて、思いもしなかったから」
「おかしいだろう? あいつ、林田ってのは確か、もう二十五歳くらいじゃないか! 絵里香の方は十五歳だぞ! どう考えたって、恋愛の対象になんかなる筈ないって!」
「だから、しょうがなかったんだ……しょうがなくて……」
――絵里香と二人っきりになりたい。
そんな林田の申し出を、荒井には断りきれない理由があった。
「俺、小学校から中学までが酷くてよ、まあホント、人殺し以外はなんでもやったって感じだったさ。そんなのを、あいつはみんな知ってて……というか、ほとんどはさ、あいつの指示でやったことなんだ」
「暴走族とか、そんなのか?」
「族? へっ、そんな甘いもんじゃねえさ。あいつの兄貴は、ホンマもんのヤクザでさ、この施設だって、言ってみりゃあ、組の下部組織みたいなもんよ……だからさ……」
それだけ言って、荒井は「フッ」と短いため息を吐いた。
「ま、そんなことはどうでもいい。とにかく俺は、逆らったらバラすって脅かされて、あいつには絶対、ずっと逆らえなかった。それでもよ、イタズラくらいなら、ちょっと触ったりするくらいならよ、減るもんじゃねえしって、思ってたんだ。それなのに、あのクソ野郎、ロリコン野郎のやつ、とうとう本当に、突っ込みやがった……くそ! 」
――突っ込みやがった。
この言葉の意味を理解するのに、きっとふた呼吸程度は掛かったろう。
それでもパッと閃いて、気付いた時には荒井の胸元を締め上げている。
そこで初めて、荒井の顔を間近に見るのだ。
そうして途端に、振り上げた拳が行き場を失い。ふらふら空を彷徨った。
「あいつ、言ったんだ。何をしたんだって、聞いたらよ、ヘラヘラ、笑いながら、大したことじゃ、ねえって……それも、何人かで、輪姦したんだって、言いやがった」
腫れ上がった瞼から荒井の涙が溢れ出て、途切れ途切れの吐息が翔太の顔までしっかり届いた。
そこでつかんでいた胸ぐらを突き放し、翔太は声を荒げて告げるのだった。
「それで、どうしてあんたが、ボコボコにされるんだ?」
「俺はあいつと、付き合ってたんだ……だから、だから……」
だから、叩きのめそうとして……逆にやられてしまったって、ことだろう。
どっちにしたって、
――自業、自得……。
フッと浮かんだそんな言葉を口にできずに、痺れるような思いと共に飲み込んだ。
荒井は生田絵里香と小さい頃から一緒に育ち、数年前から密かに付き合うようになっていた。
行きたくもない高校へ通ってきたのも、荒井なりに、絵里香とのことを考えたからだろう。そうしてちゃんとした会社へ就職しようと願ったが、所詮それは、夢物語でしかなかったらしい。
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