第1章  -   3 天野翔太(7)

 3 天野翔太(7)

 


 組関係の会社に入れ――という林田の申し出を断ってしまえばどうなるか?

「いいのかあ? バラされちゃったら、絵里香だってどう思うかな〜」

 もちろん就職どころか、警察に手配されるに決まっていた。

「でも、そうなったって、断りゃよかった……くそっ、俺のせいで……俺の、せいで、あいつは……あいつは……」

 そうして林田に殴り掛かって、逆にとことんボコボコにされて、気が付けば夜になっていた。

「どうして俺に? こんな、話を……」

「誰かに、真実を知っておいて、欲しかったんだ。お前なら、軽々しく、人に喋ったりしないだろうしよ。何より絵里香も、お前になら、話していいって、言ってくれそうだし、な……


 そうして荒井はその日を最後に、二度と翔太の前に現れなかった。

 施設にも黙って、彼はどこかへ消え去ってしまう。もちろん警察にも届けを出して、翔太も行きそうなところを探し回った。しかし誰一人、彼の行き先を聞いてはおらず、ひと月経ってなんの手がかりも得られなかった。

 その間も施設では、林田が平然と働いていて、翔太は何度も殴りかかりたい衝動に駆られる。その都度必死に怒りを堪え、あと数日でふた月が経とうかという頃だった。

 長野の山中で、荒井の死体が発見された。

 地元の人間でも滅多に入って行かない山奥で、彼は一人で酒を飲み、酔った状態で川底へと転がり落ちて死んでいた。

 事件性はないそうで、警察では事故だという結論を出した。

 そんな説明が施設長からされた時、食堂には入居者全員が集まって、もちろん翔太もその場にいたのだ。

 しかしその視線は施設長へは向けられず、ずっと林田の方を向いている。

 そうして話が終わりかけた時、翔太は思わず声にしていた。

「死後、どのくらいだったんですか?」

「ああ、死後、そう、死後ねえ……多分、ひと月とか、くらいだったかな……」

「あの、それじゃあ、荒井さんの身体に、殴られた痕とか、不自然な傷とかなかったんですか? 川に落ちた時に付いたのとは、明らかに違うってやつ……」

「不自然な傷? うん、そういう話は、聞いてないな」

「それじゃあ、どうして長野なんかに、彼は、どうして……?」

「さあ、どうしてなんだろうねえ……残念だけど、その辺はわからないなあ……」

 ――こいつ、真剣に聞いてきてねえな!?

「他殺って可能性は、ないんですか?」

「他殺? え? 誰かにって、ことかい?」

 ――当たりめえだろうがよ!!

「う〜ん、そこまでは、聞いてこなかったなあ〜」

 そう言って、施設長は困ったような顔して頭をかいた。

 ――こいつに、何を聞いたってダメだ!

 所詮、身寄りのない孤児なんだからと、大まかなことしか聞いてやしない。だから明日にでも警察に出向いて、詳しい状況を聞いてこよう――と、彼がそう思った時だった。

 再び向けた視線の先で、林田の顔が歪んで見えた。

 広角を上げ、妙に目を細めて、辛そうにも見える。

 ところがまるでそうじゃなかった。

 ――笑ってる、のか?

 辛そうどころじゃぜんぜんなくて、

 ――あの野郎、笑っていやがる!

 すぐに元の表情に戻ったが、アレは笑いを抑えている顔そのものだ。

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