僕らのソロ修学旅行

千石綾子

僕らのソロ修学旅行

 こんな世の中だ。他校の修学旅行は軒並み中止になった。僕の学校も例に漏れず中止かと思われた。

 しかし、わが校は違った。ユニークな校風が売りのわが校は、集団ではなく一人ひとりが別行動をする「ソロ修学旅行」を決行することになったのだ。


「ソロ修学旅行? そんなの危ないし面白くないでしょう」


 母親は心配そうだが、父親はやたらと乗り気だ。


「面白いじゃないか。自立するにもいい試みだ。中止なんかになるよりもずっといい」


 ソロ修学旅行は行先をくじ引きで決める。教室を埋め尽くすのは。京都が良いとか沖縄が良かったとか、くじ運の悪い奴らの阿鼻叫喚だ。


 僕は東北が当たった。母方の祖父母も住んでいる土地なので馴染みがある。悪くない、と僕は思った。そこから先は自分で決めても良い事になっている。僕は宮城と山形を選んだ。牛タンとサクランボ。そのくらい安易な理由で決めた。


 仲のいい友達はそれぞれ北海道、京都、鎌倉、伊豆に決まった。まあまあいいクジ運だったな、と互いに言い合い喜んだ。


 ソロ修学旅行は、予め簡単な旅程表を作り先生に提出する。そしてSNSで回った観光地などを皆で共有するのだ。

 僕はもちろんサクランボ狩りの様子をアップした。ルビーみたいな真っ赤なサクランボが30分食べ放題。動画を撮ってSNSにアップしたら「いいね!」が50個以上ついた。

 

 友人たちも負けじとSNSに投稿する。北海道の牧場の、生まれたばかりの可愛い子ヤギの写真や、生乳からバターをつくる体験の動画など。伊豆は魚かと思いきや、ダイビング体験なんかやっていた。すごい。

 京都は京都で伏見稲荷大社。鳥居の下を通る目線の動画は圧倒されて言葉も出ない。



 こんな風にして僕らのソロ修学旅行は、ぼっちなクセに盛り上がりを見せていた。そのうちSNS上で「面白い修学旅行をやっているらしい」という噂が立って、僕たちの書き込みは少しずつバズりはじめた。


 それを見た先生が不安に思ったらしい。


「SNSにアップするのはやめよう」


 そんな意見が出たそうだ。学校でSNSを監視していた高橋先生も、バズって場所が特定されそうな生徒の様子を見に行くことになった。

 僕は元々時間差で投稿していたし、たくさん回るところがあったので同じ場所には長居しなかった。なのでこちらには危険はなかった。


 しかし、折角体験した旅行の楽しい思い出を友人たちとシェアできないのは残念すぎた。僕たちは相談して、リモートで繋げてみようという事になった。

 それじゃソロ修学旅行ではなくてリモート修学旅行だろう、という突っこみはあるだろうが、これがまた楽しい。


 自分は宮城で牛タンとずんだシェイクを味わいながら金閣寺を眺め、鎌倉の大仏様を拝んだ。友人からの映像に先生が映り込んでいるのだけはちょっと興覚めだったが、あいつは見知らぬ人に声をかけられたりしてたようだから、高橋先生が一緒なら安心だ。

 

 そうこうしているうちに夕方になり、それぞれが宿にチェックインした。ちょっと行儀は悪かったが、食事の内容や様子もリモートの映像で互いに見せあった。

 今回は修学旅行とはいえ一人旅なので、平日とは言え宿の料金は高かった。その分料理は豪華だ。


「米沢牛うめぇ!!」


 僕は思わず興奮して叫んでしまった。友人たちからいいな、いいな、という声が上がる、


「いやいや、君たちの料理もちょっと凄すぎるよ」



 そう言いながら料理を食べていると、北海道で海鮮丼を食べていたタカシの後ろを先生が通った。

 

「今まで近すぎて行かなかった鎌倉の大仏って、思ってたより大きかったよ」


そう言ってしらすを美味しそうに食べるタカユキのカメラの端にやはり先生の影が。


「おいおい、お前の後ろ、今高橋先生通ったよな」


 僕がタカユキに言うと、彼は嫌な顔をする。


「そういう変な冗談やめろよ。こっちには誰もいないぞ」


 でも、高橋先生のいつものジャージがちらっと映ってたような……。


「おいリュウジ、お前の後ろ……」


 言われて思わず振り向くと、高橋先生が立っていた。


「──先生? どうしてここに……」

「米沢牛、うまそうだなあ」


 先生はそれだけ言うと、すぅっと姿が消えてしまった。後に残ったのは僕の悲鳴だけだった。


 次の日学校から連絡が来た。昨日高橋先生が交通事故に遭ったという話だ。僕はぞっとしたものの、予想はしていたので驚きはしなかった。

 先生は魂になってまで、僕らの身を心配して見回りに来てくれていたんだろうか。


「いや、意識はないが命に別状はないそうだ」


 教頭先生は案外明るい声で言った。はぁ? それってどういうこと? 

 その時後ろから高橋先生の声が聞こえた。


「リュウジはこれからどこ行くんだ? 玉こんにゃくでも食べに行くのか?」


 僕はため息をついた。どうやら僕たちが心配なんじゃなくて、旅行が羨ましくて生霊になって現れたらしい。


「先生、いいから早く目を覚ましてくださいよ」


 生霊の見回りなんてシャレにならない。今日は予定を変更して近くのお寺にでも行こうか。先生の生霊を祓ってもらえば、きっと意識が戻るだろうから。



                   了


(お題:ソロ〇〇)


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僕らのソロ修学旅行 千石綾子 @sengoku1111

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