第21話 言葉に映る過去


 カシム達と依頼をこなすようになって、10日が過ぎた。そして、遂にフォンティーヌ商会からの未達成の依頼書が、残り1枚となる。

 依頼内容は、『狂獣の森 ポイズン・リザードの肝採取』だ。


 ポイズン・リザードは、その名の通り毒を持つ大蜥蜴だ。しかもそれだけでなく、口や爪に特殊な菌を飼い、傷を与えた相手を病苦の状態にする厄介なモンスターでもある。危険度は、個体差などにもよるが、平均してB-ランク程度だと資料に記載されていた。


 何やら、特殊なポーションの材料になるらしい。どのような効果のあるポーションかは、詳しくは記載されていない様だ。


 狂獣の森は、ヴァーデン王国から半日程かかる場所に存在する森だ。忌蟲の森とは反対側の位置に存在している。そして、忌蟲の森が広葉樹林や常に甘い匂いが漂っていたのとは違い、狂獣の森は針葉樹林が広がり静寂が包み込んでいた。


「それじゃ、今日は卒業試験ですねぇ」

「気合入れる」


 サティアとミルは、やる気充分のようだ。


「本当に良いんですか?」


 メデルの問いに、カシムは無言で頷き、森へと入って行く。その背中をサティアとミルが追い、同じく森の中へと向かった。


「大丈夫でしょうか?」


 カシム達を心配し、メデルが手を組み拝むような姿になっている。


「Bランク程度なら何とかなるだろ」

「そうですよね」


 それでもまだ俺の隣で、カシム達が進んで行った方向を見つめるメデルの頭を撫でてやる。


「っ!」

「ほら、俺たちも行くぞ」


 何故か頬を赤く染めたメデルは、リツェアとヴィルヘルムにも同じように頭を撫でられる。


「はい!」


 こうして、俺達も危険地帯の1つである狂獣の森へと踏み入れた。





□□□□□



 『自分を犠牲して、戦うのは辞めろ』と言った時の、雪の声と瞳の奥に映っていた光景が忘れられない。

 雪の瞳の奥は、俺と俺じゃねぇ誰かを見ていた。近い様で遠い、怒っている様で泣いている、親友の様で見ず知らずの他人、そんな矛盾している筈の感情みてぇな何かが、そこにはあった。だから、引き込まれた。

 まるで、幻や白昼夢でも見せられたかの様だ。



 俺は、自分の身勝手で若い命と仲間の命、将来を奪ってしまった。

 幾ら謝罪した所で、何も戻って来やしない。

 酒に溺れて、時間がただ過ぎて行く毎日。そんな時、冒険者になって間も無い新人の少年を見つけ声をかけた。

 最初こそ俺の姿形に怯えていたが、俺が金級冒険者だと時間をかけて説明すると、安心して色々な話をしてくれた。


 家は農家で、自分は三男だから家を継ぐ事が出来ない。だから、生まれ育った村を出て、冒険者になったのだ、と聞いてもいない自分の生い立ちまで、俺に話してくれた。そして、少年は、初めて受注する依頼に悩んでいるようだった。

 そこで、俺が手解きしてやる、と言うと頭を下げる程に喜ばれた。

 その時、俺の中にあったのは、希望ある若者の手助けが出来る喜びとこんな事で、贖罪をしているつもりになっている自分への嫌悪感だった。

 無事依頼も達成し、その後も何かある度に、相談に乗ったり手解きをしてやった。一時的に、即席パーティーを組んだ事もある。

 パーティーのメンバー関係では、必ずと言って良い程に相談にも乗ったし、泣き疲れた事もあった。

 だが、そんな少年が、俺と同じ金級にまで上り詰めた日、俺は涙が出る程嬉しかった。


 それからは、同じような若者を見つけると放っておけず、何人かには実際にパーティーを組んで活動した事もある。


 俺が、魔族鬼族である事を隠すようになったのもこの頃からだった。そして、面倒を見ていたパーティーが、自分と同じ金級にまで上り詰めると、俺は代わりとなる冒険者を見つけて、パーティーを抜けると決めていた。

 当時は良く考えなかったが、きっと俺は自分の所為で、また誰かが死ぬことが恐かったんだ。

 俺は、とんだ無責任な臆病者だ。


 こんな事をしても、死んだ仲間や奴等への贖罪にはならない。これは、俺の自己満足だ。


 あの少年と似た境遇の若者を助ける事で、あの時救えなかった命を救った気でいる。

 なんて、情けねぇんだ。





「はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い呼吸を繰り返す俺達の目の前に、絶命したポイズン・リザードが横たわっていた。


「討伐完了」

「カシムさん、大丈夫ですかぁ?」


 今のパーティーであるサティアとミルが、俺を心配し駆け寄って来る。


「おう!おめぇらも良い動きだったぞ!」


 俺は、駆け寄って来る2人に笑顔で返す。


 あの不思議な4人組と出会ってから、2人は見間違える程に腕を上げた。技術的な面だけでなく、精神的な面でも驚く程に成長している。


 もう俺は必要ねぇな。


 幸運にも伝のある白金プラチナ級のパーティーが、丁度魔導師とレンジャーを募集している。ゴールド級よりも階級は1つ上だが、2人の腕ならきっと喜んでパーティーに加えてくれる筈だ。


 喜ぶ2人を感慨深く見つめる。

 2人と出会ったのは、1年程前の事だ。


 街に出て来て、右も左も分からない2人に、生きる手段として冒険者を紹介した。勿論、紹介した手前、俺も一緒にパーティー登録を行った。


 2人は直ぐに才能を開花させ、ランクを上げて本来なら早くても2年はかかると言われている、ゴールド級に1年程で上り詰めてしまった。

 ギルド内でも元々評判だったルックス良さが相まって、天才やら鬼才やらと持て囃された。それが、2人に偏った自信を付けさせてしまった。



 丁度その頃だ。雪に、出会ったのは。


 珍しい黒髪黒目に華奢な体。腰には、片手剣を装備していたが、どう見ても強そうには見えなかったし、不可思議な程に力も感じなかった。そして、その隣に立つ白髪の少女に至っては、戦闘経験が一切無いド素人に見えた。


 たが、その周りの獣人と赤髪の少女は、戦い慣れした連中の独特の雰囲気を纏っている。

 俺はまた何処かの貴族の小僧が、護衛を連れて冒険者になりに来たんだと思った。だから、少しビビらせれば帰るだろうと、わざと絡んだ。


 今思えば良く死ななかったと思う。


 だが、奴にも多少の非はある。

 その日は酒を飲んでいた事もあり、雪の挑発が異常にイライラしたんだ。だから、一発殴れば、泣いて逃げ出すと思ったんだが、雪の剣は長い経験を積んで来た俺でも反応できなかった。

 動けなかったのは、多少の酔いの所為はあるだろうが、通り過ぎた剣風に、死の香りを感じたのは気の所為だと思いたい。


 その後、色々あって雪達に無理を言って特訓して貰ったが、ありゃ化け物だ。

 本職は魔導師の癖に、前衛の俺を剣で息も切らさずに圧倒する。

 化け物みてぇな〝身体強化〟で、腕力でも俺を上回りやがった。しかも、魔法を使われた時には、本気で死を感じたぜ。


「……っ」


 思い出しただけで、体が震えちまった。そして、雪の顔を思い出す度に、あの言葉が胸を抉る。


「……俺は、間違ってたのか……」

「また悩んでる」

「ぅぅ、だってよ」


 俺は、結局自分が誰かの為に傷付く事で、罪滅ぼしをしたと思って、自分を慰めているみっともない中年の男だぞ。


「私、感謝してる」

「?」

「カシムさんに拾われて、冒険者になって辛い時も一杯……最近が一番辛かったですけど、でも、とても楽しいんですぅ」

「だから、今後も宜しく」


 嬉しかった。


 俺の自己満足でも、その言葉がすげぇ嬉しかった。

 思わず、頷きそうになるのを意思の力で押し留める。


 駄目だ。


「この先、俺じゃ2人を護れねぇ」

「何言ってるんですかぁ?」

「俺は…」


 言葉を続けようとして、俺は目を見開いた。

 無意識に体が震える。

 今まで、偽りの贖罪で押し隠していた怒りが溢れ出す。


 俺の視線の先の大樹に、1体の魔物がその巨体を蛇の様に巻き付けてこちらを見つめていた。。


 何度も悪夢に見た魔物の姿。

 体を覆う鱗は汚れた赤色、強靭な四肢の先には鋭い爪が6本あり、瞳は濁りきった金色をし、頭には水晶石の鶏冠が鈍い光を放っていた。


 間違い無い。


 奴は、30年前俺達のパーティーを襲った魔物だ。

 同一個体かは確信はねぇが、命の危険を感じた本能が悲鳴を上げている。



 その瞬間、魔物の尾が動く。


 だが、見える。雪やヴィルヘルムの動きに比べれば、直線的で捉えるのは簡単だ。


 俺は、まだ奴の存在に気づかない2人を突き飛ばし、勢い良く放たれた尾を両手剣で弾く。


「ぐぅ!」


 今の一撃で、手が痺れた。


「カシムさん!?」

「サティア、あれっ……」


 奴を見つけたミルが、震えながらサティアに敵の正体を知らせる。


「あ、あれって!?」

鶏冠蛇竜の異端王バジリスク・エレシ!!」


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