第20話 嘗ての俺に似ている
「戦闘中、カシムの意識は、過度な程にサティアに向けられていた」
「……」
「視野を広くする事は必要だ。だが、その結果が、魔物への対処の遅れや出鱈目に攻撃を受け続ける事なら本末転倒だろ」
浴室で見たカシムの体には、多くの古傷が刻まれていた。魔物の爪痕、咬み傷、火傷をした様な傷跡、致命傷になっていても可笑しくない傷跡が、幾つも見つける事が出来た。
「俺は、前衛だ。攻撃を受けるのが、仕事みてぇなもんだからな」
「なるほど。前衛は、後衛を護る為なら傷付いて当然か」
確かに、前衛職は、防御面が脆い後衛職を守る事が重要な役目の1つだ。
だが、カシムは忘れている。後衛職もまた、前衛職を守らなければいけない事を。
「自己満足も大概にしろよ。自分を犠牲にして仲間を守って、お前は満足だろうな……下らない」
一同が息を飲む。
俺は、いつの間にか、
見ず知らずの他人の為に傷付いて、命を護った事に満足していた、あの頃の自分。人を救っている自分は、正しいと自惚れていた自分。傷付く事を厭わず、我が身を犠牲にしていた愚かな自分。そして、愚かな事に気付かなかった、どうしようもない程の馬鹿な自分。
あの頃の俺を止めてくれる人はいなかった。
時代や役割が、そうさせていたのかもしれない。
だが、一言でも『辞めろ』と、俺を止めてくれる人がいたのなら、何かが変わっていただろうか。
今になって考えても、どうしようもない事だ。だから、せめて、俺がその言葉を伝えよう。
愚かな
「自分を犠牲して、戦うのは辞めろ」
「……何が悪い?」
俺は、カシムと
「自分の体を張って、仲間を護って何が悪い!テメェみたいな、才能の塊の様なガキに、俺の気持ちが分かってたまるかよ!自分を犠牲にしなきゃ、護れねぇもんが、俺の周りには山程あるんだ!!」
鋭く、怒りに染まった目が俺を睨む。
「自分を、犠牲にしたってよ……取り返しのつかねぇ事が…あるんだ……」
いや、カシムの目の奥にあるのは、怒りではなく、後悔だった。
「俺は……自己犠牲に、取り憑かれた奴を知っている」
静まりかえった室内に、響くのは俺の声の残響。
何故か、目を見開いてカシムは俺を見ていた。
「そいつは、何かを護りたいなら、自分を犠牲にする事は当然だと思い込んでいた。寧ろ、自分1人の犠牲で救えるなら、と後悔をする事はなかった」
自嘲の笑いを浮かべる。
「自分を犠牲にして、自己満足を繰り返す。奴は、心底滑稽な大馬鹿野郎だったんだ」
「……」
「だけど、目の前で大切な人が、自分を護る為に死んで漸く分かった」
明日羽が、俺を庇って死んだ。
護る側だった筈の俺を護る為に、明日羽は死んでしまった。
俺は、護られて、生かされた。
「……カシム。護られる人間だって辛いんだ。護ってくれている相手が、大切な人である程、護られた奴も傷付いてるんだよ」
カシムが真っ直ぐに俺を見ていた。
その瞳に湧いては消えて行く感情を、俺は知らない。
「俺が、カシムを叩きのめしたのは、お前が護ろうとしている人の中に、カシム自身もいる事を知って欲しかったからだ」
自分が弱い事を体で覚えれば、自然と体は自分を護ろうとする。
自分の身すら充分に護れない奴が、他人なんて護れる筈がない。共倒れになるのがオチだ。
その後、カシムは何も言わなかった。その為、遅くなり過ぎる前に彼等を宿に返した。
屋敷から出る間、カシムは一言も話さず俯きがちだった。それを見て、メデルが励まそうとしていた所をヴィルヘルムが止める。
「ヴィルヘルムさん?」
「今は1人にしてやれ」
「はい……」
□□□□□
翌日からも昨日と同じように分かれて、フォンティーヌ商会からの大量の依頼を消化する。
今日は、リツェアとサティアとミルの4人で森の木陰に自生する薬草を採取しに来ていた。
「その、昨日は大丈夫だった?」
リツェアの問いかけに、サティアとミルが俯く。
「帰り道で、何かあったの?」
「……何もなかったですよぉ」
「じゃ、何でそんなに雰囲気暗いのよ」
サティアとミルが、朝会ってから薬草採取の最中まで永遠と表情が晴れず、俯きがちだった為、リツェアは何度も俺に「大丈夫なの?」と確認して来ていた程だ。
だが、周囲の警戒には気を配っており、集中力が欠けている様には見えない。
「私達、迷惑かな?」
「どうしてそう思うの?」
ミルの呟いた様な言葉に、リツェアが返答をする。
「私達がいなくても、依頼は皆さんであれば簡単に達成出来そうですしぃ。寧ろ、私達の為に一杯時間を使ってくれているのが、申し訳なくってぇ……」
「それに、昨夜。雪に、凄く迷惑かけた」
「多分、雪さんは言いたくない事もあったと思うんですぅ。それでも、私達の為に、カシムさんとも向き合ってくれてる。それなのに、私達が返せる物が何もないんですぅ」
「心苦しい」
2人の言っている事が、全くの的外れでもないので返答に悩む。
「そんな事を気にしてたの?」
リツェアは、悩む様子がなく返答した。
寧ろ、『何よ。そんなつまらない事で悩んで……』と言いそうな表情をしていた。
「雪も私達も、そんな器の小さな人じゃないわ。返せる物?そんな物は必要ないし、私達にとって雪が『面倒を見る』と決めたのなら最後まで面倒は見る」
自信満々に、リツェアは2人に近付く。
2人の方が少しだけ身長が高い事で、自然と胸を張っている様な姿勢になる。
「その代わり、貴方達が倒れそうになったら蹴り上げてでも立たせるわ。崖に落ちそうになったら、2人同時にだって引き上げる。それが、私にとっての覚悟。どう?貴方達は、それでも不安?」
「い、いえっ」
「よろしくです!」
引き気味のサティアとは裏腹に、ミルは目を輝かせて返事をする。
「私、覚悟決めた。カシムを護る位に強くなる」
ミルの言葉を聞いたサティアは、杖を強く握りしめる。そして、強く覚悟を決めた目でリツェアを見た。
「私も強くなります!」
「良い覚悟ね!」
その後数日に渡って、カシム達のパーティーである『精霊の角』の3人は、毎日の様に俺達の依頼に参加していた。
早朝、城門が開くと同時に目的地へと出発して、薬草を採取、空いた時間で訓練、帰りにはボロ雑巾の様になっているのが『精霊の角』の俺が見ている1日のスケジュールだ。
最初に言っていた通り、俺達に着いて来るばかりでは報酬が出ない。
だが、どうやらカシム達のパーティーにはお金の余裕があったらしく、定期的にある休日の間に、装備の修理などを行っている。それに、俺達の依頼には毎日参加していた。
それぞれが、自分の今までの限界を越える為に懸命に努力をするが、結果として繋がらない日が続く。それでも、カシム達は諦めずに俺達に着いて来た。
サティアは、兎に角怒鳴られていた。今までは、周囲から『天才だ』と持て囃されて来た様だが、戦闘の基礎から叩き込んだ。
実戦では、リツェアの自由な動きに翻弄され、ヴィルヘルムの素早い動きには、合わせられず魔法をぶつけてしまう事もあったらしい。
ヴィルヘルムが〝魔装〟を使っていた為、無傷だったが、サティア曰く「殺されるかと思った」と本気で怯えていた。その上、メデルと俺から、魔法戦闘の基礎と魔力操作を深夜まで叩き込まれた。
すると、時折、サティアの許容範囲を超え、突然鼻血を出す事もあった。
ミルは、戦闘や斥候の基礎や弓の扱いは上手かった。だから、兎に角実戦に放り込んだ。森、林、草原、川、岩場などで、実戦訓練を行わせる。魔物と戦わせ、魔物に追われ、隠れ、そして、また戦う。
受け身の鍛錬では、ヴィルヘルムに投げられ、俺の風属性魔法で何度も宙を舞った。受け身に慣れれば、野山で実践訓練に向かう。
ミルは、狩人である為、森の中でこそ真価を発揮する。その為、野山での痕跡の見つけ方、環境の把握、自分の気配を消す方法を学んでいた。だから、実戦で総合能力の底上げを図った。
兎に角、追い回した。俺達に捕まれば、後日、魔物が多くいる場所に放置する事を条件にする、と告げればミルは制限時間内を死に物狂いで逃げる。
だが、俺達から逃げ切れた事は一度もない。
カシムは、魔力操作と戦闘を中心に行った。経験が豊富なカシムの戦い方や癖を変える事は、数日では困難と感じたからだ。だから、魔力操作を向上させて、〝身体強化〟を効率的に使える様に指導をする。模擬戦闘や戦闘では、必ず後衛職と共に行わせた。
戦闘の際に、他人を気にし過ぎるのはカシムに染み込んだ癖なので直ぐには直せない。だから、気にする余裕もない程の猛攻を仕掛けてみた。
一瞬の判断、瞬きの間に起こる生死を分ける様な模擬戦闘を俺達と行う。武器は、刃のない模擬戦闘用の武器だが、当たれば痛い。俺とリツェアも魔法は加減したが、〝身体強化〟が不安定な状態では、相当な衝撃を受けただろう。
特に、ヴィルヘルムは、〝魔装〟を使うと加減が
出来ず、何度もカシムは地面に転がり、痛みにもがいていた。それに対して、「不甲斐ない」と言うヴィルヘルムの姿は、ミルとサティアから《猛虎》と呼ばれ、恐れられていた。
だが、ヴィルヘルムが言っていた「不甲斐ない」は、カシムにではなく、適度な加減が出来ない自分にだった事は2人は知らない。
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