第18話 訓練開始
次の日の早朝。俺とメデルは、待ち合わせの場所にやって着ていたカシムとサティアと合流した。
専属であるフォンティーヌ商会からの依頼と言っても、やる事は普通の冒険者と変わらない。依頼された薬草を採取し、ギルドに届ける。これだけだ。
依頼書には、冒険者ギルドのサインがあったので正式な依頼で間違いない。
勿論、報酬は最初に貰っているので出ない。その辺りは、雇い主の自由に出来るそうだ。
「あれサティアさん、どうしました?」
「えっと、少し緊張してますぅ」
「フォンティーヌ商会の依頼だが、それほど危険なもんじゃねぇし、雪がいれば失敗しねぇよ」
そういうカシムも表情が硬い。
「その通りです!」
何故かメデルが自信満々に賛同する。
「はぁ、どうでも良いから早く行くぞ」
カシムは国から離れると〝人化〟が付与された魔法道具の効果を切り、鬼族へと姿を変えた。といっても、2本の角が生えて、肌の色が少し黒くなる位の変化だ。見た目は、暑苦しそうな顔に、傷のある強面な中年の男と感じだ。
門から出た俺たちは、歩いて30分程の草原にやって来る。
今回探すのはポーションの基本となる比較的安全に手に入る薬草だが、量が半端ではない。
俺はアイテムボックスから、大きめの籠を1つと小さめの籠4つを取り出し、全員に渡す。
この大きめの籠一杯に、薬草を集めて依頼達成だ。
「やっぱり多過ぎだろ……」
「文句を言わずやれ」
薬草は足下に群生しているので、しゃがみ込み黙々と採取していく。メデルも何処から持って来たのか、植物図鑑なる本を読みながら薬草を採取している。
時折「これは!」と、声が聞こえるが手を動かしているようなので放って置く。
ここで意外にも、サティアが一番効率良く薬草を集めていた。
「サティアは王国出身なのか?」
「いえ、エルフの里出身ですよぉ。だから、薬草の採取にも慣れてますぅ」
「ふーん、あの閉鎖的なエルフ族が、よく王国まで来たな」
流れた汗を拭いながら、サティアは俺の方を見る。
「確かに、エルフ族が里を出るようになったのは最近ですねぇ」
「そうか、ん?」
「どうしましたぁ?」
俺は、魔力感知に反応する小さな魔力を複数感知した。
「魔物だ」
その言葉にそれぞれが持っていた籠を地面に置き、カシムは前衛として両手剣を抜いて、サティアは木の枝のような杖を構える。メデルは、俺の背後に移動した。
事前にメデルには、戦闘に参加しないように言ってある。そして、現れたのはウルフの亜種、フォレストウルフの群れだ。
ウルフよりも知能が高い為、数で上回っている事から戦いを挑んで来たのだろう。
迫るフォレストウルフ達に、カシムが両手剣を振り下ろす。だが、素早い動きで交わされる。その動きを予測していたカシムは、素早く両手剣を戻し、地を蹴る。そして、動きが止まっていたフォレストウルフを仕留める。
「……」
サティアも土魔法を放ち敵の動きを鈍らせる。
「第五階梯魔法〝
地中から現れた〝束縛の土鞭〟がフォレストウルフ3体を縛る。
「第五階梯魔法〝
鋭い土柱が拘束していたフォレストウルフ貫く。
その後も、続けて魔法を放つサティア。
カシムは、サティアの動きを見ながら戦闘をしている。
「……駄目だな」
カシムは、独り善がりなサティアの魔法を意識し過ぎて動きが雑になっている。その為、魔物の動きへの対応も時折遅れがちだ。それに対して、サティアが、カシムに生まれた隙を補おうと威力の高い魔法を放ち、寧ろカシムが焦っている。
戦闘であってはならない負の連鎖が生まれていた。
確かに、個々としての実力は金級なのかもしれないが パーティーとして見ると、互いに足を引っ張り合っている様に見える。
「サティア、お前は少し見てろ」
「え?」
「第三階梯魔法〝
俺は、〝火矢〟を生み出し、カシムの視覚から迫っていたフォレストウルフを撃ち抜く。
「第五階梯魔法〝
急に周りを土壁で囲まれ、仲間と分断されたフォレストウルフは、混乱し連携が崩れる。
カシムはその混乱の中に飛び込み、スキルを発動した。
「〝飛空斬〟」
剣を振った軌道に合わせて、斬撃が飛びフォレストウルフを斬り裂く。仕留め切れなくても、傷を負わせるだけで充分だ。
今のカシムの攻撃で、完全にフォレストウルフ達の連携が崩れる。そして、俺がカシムをサポートする事で、次々と敵を斬り伏せていく。
群れの3分の2を殺され、流石に分が悪い事に気付いたフォレストウルフ達は森へと逃げて行った。
「さて、薬草の採取はここまでにしよう」
大きな籠一杯に入っている薬草を見て、俺は3人に向かって言った。
「これから、訓練をするが、その前にだ」
俺は、カシムとサティアを睨み付ける。
「お前等、戦いを舐めてんのか?」
意識的に、2人に〝威圧〟を放つ。
「特に、サティア。里でどんな教育を受けていたかは知らないが、お前の戦い方は最悪だ」
「最悪ってどういうことですか?」
サティアは、いつものようなのんびりとした喋り方ではなくなっていた。
「サティア、戦闘中に仲間の位置は把握しているか?」
「勿論です」
「なら、仲間の攻撃の予備動作やタイミング、攻撃範囲、その周囲の魔物の動きは?」
「そ、それは……」
「今言ったのは、後衛職の基礎だぞ」
「何となく把握はしてました……」
命をかけて行う戦闘で、基礎を「何となく」でやっていたサティアに頭痛がして来る。
「正直に言う。さっきの戦闘は、明らかにお前がカシムの動きを邪魔していたぞ」
俺の言葉に、目を見開いたサティアはカシムに視線を向けたが、カシムが否定しない事から事実だと理解したようだ。
「それに、忌蟲の森で魔力切れを起こしていたな」
サティアは声を出さずに頷く。
「戦闘中に魔力が無くなった魔導師程、邪魔な存在はないぞ」
「お、おい、そこまで言う必要は…」
「これは、元々お前の役目だろ!」
カシムは俺の言葉を理解し、悔しそうに拳を握る。
「いいか、パーティーにとって魔導師は諸刃の剣と同じだ」
本来、魔導師とは筋肉よりも魔法や知識を鍛える為、どうしても体力や腕力では前衛職に劣ってしまう。その為、魔力が無くなったら、魔法を放つ事はおろか、走って逃げる事も困難になる。
偏った言い方かもしれないが、敵の注意を引き付ける的くらいにしか使い道がない。
だが、その分一撃の威力の強さと広範囲への同時攻撃、回復など、魔導師故のメリットもある。だからこそ、魔導師が魔力を保ち続ける事は、自分の身を護る事と同時に、パーティーの命を繋いだり、切り札を残す事にも繋がるのだ。
俺の主観だが、それをサティアに伝える。
「それは、分かってます」
サティアのその言葉に、俺は少しだけイラッとした。ここで止めようと思ったが、こういうバカには、はっきり現実を突き付けた方が早い。
「……さっきの戦闘を見る限り、蟲の魔物との戦闘でも無駄に魔法を連発して魔力切れを起こしたんだろ?」
「そ、そうです……」
「結果的に、2人が戦える状態の時に、お前は明らかに足手纏いになっていた」
「そ、それは……」
「はっきり言わないと分からないか。お前の所為で、2人は死んでいたかもしれないんだぞ!」
「っ」
サティアは、俺が放った威圧感か、自分の責任に直面した事で、足から力が抜けて地面に膝を付く。
俺は、温かさを一切込めない冷たい視線で見下ろす。
「違う!あれは、サティアだけの所為じゃねぇ!」
「何が違う?サティアが、魔力切れを起こさなければ、目眩しの魔法を放って逃げる選択肢もあっただろ」
「そりゃ、まぁ……」
「つまり、お前は仲間達から、生き延びる手段と希望を同時に奪ったんだ。お前は、その手で仲間を殺しかけたんだよ」
「わ、私、そんなつもりは……」
涙を必死に我慢するサティアに、溜め息を付く。
「自分が許せないか?」
「……は、いぃ」
「強くなる為になら、何でもするか?」
「は、はい!」
「なら、これに魔力を流し続けろ」
俺は、先に丸い水晶のような物が嵌め込まれた短杖をサティアに渡した。
困惑するサティア。
「えっ、と、これは?」
「メデル、後は頼む」
俺の言葉に、メデルは最近様になってきた礼で返す。
その手に持つ物をいつの間にか、植物図鑑から教鞭へと変えていた。しかも、何故か丸眼鏡まで掛けている。
「お任せ下さい!このメデル、主に教わった通りにサティアさんにも教え込みます!」
キランと眼鏡の縁が光った気がした。
俺とメデルは、それぞれカシムとサティアの方を向く。
「安心して下さいね」
「何がですか?」
笑顔を浮かべたまま歩み寄るメデルに、サティアは引き攣った笑みを浮かべる。
「俺たちも殺るぞ」
「俺はまだ死にたくねぇぞ!」
本能的になのか、カシムは両手剣を構える。
「「さぁ、始めるぞ (ますよ)」」
「「!?」」
その後、2人には訓練の厳しさという物を体の芯まで叩き込んだ。そして、2人の声にならない悲鳴の数々は草原に吹く風と俺の魔法で誰の元にも届く事はない。
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