🦢🦢🦢🦢
四羽(石炭記念公園の地下)
煮菜子は
煮菜子は行き先を告げる。「運転手さん、『石炭記念公園』へ向かってください」
「はい。このたびはご乗車ありがとうございます」運転手は振り向いた。その顔の右半分(煮菜子から見ると左側)は灰色に塗られていた。
「それは、海藻パックですか?」思わず尋ねた。
「いえ」前に向き直り、車を発進させながら運転手は答える。「運転手なんかやってると、右半分だけ余計に日焼けしちゃいますからね」
この数行の会話はなんだったのか、というくらいにあっという間に公園に着いた。
中央にそびえる記念モニュメント。凸形をした脚下の凹部に隠されている鉄の扉を煮菜子は開け、地下へと続く階段をおりる。
そこは、免許を持たぬ無法者たちがドローン(無人航空機)を飛ばし合い、ボディーをぶつけてその
不気味な笑い声と耳障りなクラッシュ音が絶えず響く暗い店内をほぼ手探りといった感じで、煮菜子は参加者たちが競技の合間に喉を潤すバー・カウンターへ寄る。シェーカーを振るうのは、支配人の「
「私の卵糖(乱闘)パンも競技に参加させてください」煮菜子は大胆にも申し出た。
「おっと、お嬢さん」和三盆は円形のコースターをシャッフルしながら言う。「ここでは『競技』ではなく『KYOUGI』と発音ないし表記するのがルールだ。万が一警察の摘発が入ったとき、ここで行われていたのは『KYOUGI』と言う名の『ブリッジ大会』であり、オランダ語では『KYOUGI』と言うのだと説明するためにね」
作者は「承知した」と頷いた。煮菜子の背中の悪魔にしても、それはもちろん受け入れるに
煮菜子はフロアの中央へ進みでる。ハンドバッグから石炭入りの卵糖パンをおもむろに取りだす。参加者たちから「ひょーぅ……」という、ひやかしの声が浴びせられる。
煮菜子の対戦相手は、ドローンと合体させることにより空中游泳を実現させた最新鋭のChromebook(クロームブック)だった。準決勝戦で、同じくドローンを背中に取りつけた修行者──つまりは生身の人間の男──を一瞬で場外へ吹き飛ばした今大会の優勝候補だ。
なぜ初参加の煮菜子がいきなり優勝決定戦に出場する流れになったのか、その理由はわからぬが、後に、三羽で登場した「歓脳寺」の住職が、「世は常に、そうなのです」と語ったところによると、そうであるらしい。
また、Chromebook──マシン名『エジー(怖い)・キング』の操縦者はかなりイカれた三十代の女で、「ただ闘うだけじゃおもしろくない。今回、私は『リモートデスクトップ』を使って、WindowsのPCを遠隔操作しながらこの恐れ知らずの飛び入り小娘を蹴散らすという趣向に挑む」と余裕の勝利宣言をした。
三十代の女は『シュガーアヴェニュー』のキオスク端末を勝手に自分のChromebookに登録していた。御法度感が半端ないが、和三盆は口を
「おお──っ」と観客たちから怒号に似た感嘆の声があがる。
煮菜子は卵糖パンを握る手に力を込める。もう、手がベトベトだ。
「あんたのそれ、」狂った対戦相手が挑発する。「ほんとに宙に浮くんだろうね? 今さら実は飛べない……なんてオチはよしとくれよ。まあ、カラスにほじくり返されるみたいに地面で死に絶えたいならお望みどおり、してやるけどね」
「カステラが相手じゃ、『エジー・キング』の優勝に決まりだな」常連客の一人が言った。
嘲笑がバックグラウンドミュージックに取って代わる。試合開始前には、全照明が両選手の殺気に注がれることに決まっているのだったが、どうしてか逆に明かりが絞られる。煮菜子の卵糖パンは親しい主人のてのひらに別れを告げ、酒の臭いが舞う空中にその身を投じはじめていた。もちろん、なにもかもが悪魔の仕業。道理が通らぬこの競技場自体が悪魔が産み落とした暗黙のステージであるからして、灯される情けの光などあるわけもなく──トイレさえも三回くらい
ガシャッ──。
次の瞬間には地面に叩きつけられていた『エジー』。仕事を終え、煮菜子の手にふわふわと舞い戻る卵糖パン。たった数秒で片がついた。
「おい、なにが起こった?」観客が発した音色は、すでにすっかり恐怖に塗られている気がした。なにもわかっていない者など、ここには一人もいなかった。
「Chromebookには保証期間があるでしょう」煮菜子は静かにつぶやいた。「これで、三つ目の『ファイティング・スピリット』さえ、私は手に入れてしまったようね……」
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