灯籠流しの夜を、君と
紗倉雨
第1話 手を繋いで。
『ねぇ、手。繋いで』
「それは無理」
部活終わりの帰り道。
未だ茹だるように暑い夏の街。
そっ、と俺の左手に向かって伸びてくる彼女の手。それを避けて首を横に振れば、彼女は悲し気な表情を浮かべた。
その顔に、心がきゅうっと締め付けられる。
夏の熱気に包まれてどこにも触れない左手が、なぜだろう唐突に心許ない。
ふらふらと彷徨わせれば、それに気がついた彼女が声を上げて笑いだす。
なんだよ、もう。何がおかしいんだ。
ツボに入ったように上体を曲げて笑う彼女から目を背ければ、締め付けられていた心が少し、ほんの少しだけ軽くなる。
彼女に悟られぬよう、無意識に止めてしまっていた息を深く吸った。
『ねね!今週末、何の日か覚えてる?』
「…君の誕生日だろ?」
『ぴんぽーん!さっすが歩高、大好きだよっ』
「で?急にどうしたの」
『相変わらず冷たいなぁ、もう。そんな所も、好きだけど。えへへっ。…ちょっと早めのプレゼントが欲しいなぁ、って』
「簡単なものなら、なんでもいいよ」
数分前の彼女、火乃香の、そんな言葉を思い出す。その時の、いつも通り弾む声とは裏腹に、少しだけ緊張した表情も。……悪い事を、してしまった。緩く唇を噛んで、ふっと力を抜く。
はー、おっかしい。ねー、歩高?
目元を拭いながらそんな事を言う火乃香に向きなおる。
その名前を呼んで、その声に釣られてこちらを見上げる彼女の澄んだ目を、真っ直ぐ見つめる。
一度深く息を吐いて、口角を上げた。口を開く。
「ちゃんと、当日も側にいる」
彼女が花が咲いたように笑った途端、顔に熱が集まるのがわかる。やばい。慌てて顔を逸らして、雲ひとつない空を仰ぐ。
……ああ、もう。とても、かわいい。
バクバクバクバクと、恐ろしくなるほど喧しく鳴り響く心臓の音が耳障りで、頭を振る。
こんなに五月蝿かったら、すぐそばにいる彼女にも聞こえてしまうだろう。静まってくれ!
ぴょんぴょんと飛び跳ねて俺の顔を覗き込もうとする彼女から逃げるように、止めてしまっていた足を前へと進めた。
おいおいおい〜!と嬉しそうな声をあげて俺に駆け寄る彼女と歩調を合わせて、決して長くはない家への道を2人で歩く。
「……………ごめん、ね」
『うん?なんて??』
「……え?何も言ってないけど?幽霊の声じゃない??」
『嘘だぁ!え、嘘でしょ!?ヤダヤダ嘘って言ってよ!』
「ははは、本当に君は可愛いな。小学生みたいで」
『一言!余計!!なの!!!ひどい!!!!』
ぷくっと頬を膨らませる彼女がひどく可愛くて、声をあげて笑ってしまう。それに釣られたのか彼女も笑う。
この時間が、ずっと続けば良いのに。
そんな事をふと思った。
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