09話.[あるはずだから]
「英士くん」
「あ、おはようございます」
あー……やっぱり駄目だ、本人を前にすると偽るしかなくなってしまうのが情けのないところだった。
そのせいでこの前も崇くんを嫌な気持ちにさせちゃったし、それだというのに私には優しくしてくれちゃったしで……。
とにかく、余裕がなければならないのはやはり私だ。
「どうしたんですか?」
「え、あっと、今日も寒いなって」
「そうですね、崇君と長戸さんもそう呟いていましたし」
寒さとかどうでもいいのに……。
実際、彼には本当のことをなにも言えていない。
それはまだ彼の中に由姫乃ちゃんに対しての気持ちがあると考えているからだし、単純に勇気がないということもあるし。
ここまでの人間だとこれまで知らなかった。
そういう点でも知ることができたのはいいことなんだけど……。
「危ないですよ、前を見て歩かないと駄目です」
「あ、うん、ごめん……」
「腕を掴んでおきますね、なんか落ち着がきないみたいなので」
今日はせっかくふたりきりでお出かけすることができているというのになにやっているんだ私は……。
「少しそこで休憩しましょうか」
「え、いま集まったばかりなのに?」
「このままじゃ楽しめませんよ」
それは確かにそう、なんか上手くいかない。
もうからかわないということも本人に言ってしまったし、そういう軽い態度を偽ることすらできないのだ。
「どうしたんですか、ちょっと前までの松葉先輩らしくないですけど」
「なんか上手くいられなくて……」
「僕のことが好きだから、ですか?」
「うっ……そうだよ」
少し惚れ症なところがあるのは分かっている。
だけど関わっていく中で彼がいい子だと知って、……それすらもそれかもしれないけど悪いことばかりじゃないと思うんだ。
由姫乃ちゃんがいなかったらもしかしたら崇くんに対してそう動いていた可能性もあるけど、そんな起きなかったことを言っても仕方がないから。
「まだ捨てられていないんです、ですので当分の間は受け入れられなんかしないですよ」
「それでも……勝手だけど私は英士くんを……」
「……僕はやめておいた方が思いますけどね。苦しい気持ちになるだけじゃないですか、一年間ですらそれだったんですよ?」
「それでも本物だからっ」
「この件に関してじゃあなんて言えません、そこだけは分かってください」
大丈夫、八つ当たりをするようなことはしない。
抱え続けてみせる、それぐらいの強さはあるはずだから。
「そうですか、松葉先輩は僕が好きなんですね」
「うんっ、好きっ」
「ふふ、女の人ってすごいですね、好きだと堂々と言えて」
いや、いまのは引っ張り出されたというか……私の勇気だけではなかった気がするけど。
「行きましょうか、せっかく出てきているんですからね」
「あ、そうだねっ」
とりあえずは今日のこれを楽しもうと決めたのだった。
大丈夫、先程と違って気が楽になっていたからね。
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